ジョーさんは真夜中に目を覚ましました。
おトイレに行きたくなってしまったのです。きっと原因は寝る前に飲んだハーブティーでしょう。


安眠の為に飲んだのに…。


むしろ真夜中に目を覚ます要因になり、まるで意味をなさなかったことに少し悲しくなりました。
しかし、悲しんでいる場合ではありません。もっと重要な問題が起こっています。
ジョーさんは皆にずっと隠していたことがありました。


実は夜、一人でトイレに行けないのです。
ドルフィン号に居たときは個室に備え付けてありましたから特に問題ありませんでした。
しかしギルモア邸は一階下の、しかも奥の方にあるトイレまで歩かなくてはなりません。
とても一人で行けない、ジョーさんは途方にくれながら思いました。


部屋にずっといても仕方がありません。とりあえず部屋から出てみました。
当然廊下は真っ暗で、皆の部屋の扉は閉まっています。ジョーさんはますます怖くなりました。
やはりここは誰かについて行ってもらおうか、と思いましたが流石にこんなことは恥ずかしい行為だという事くらい分かっています。


孤児院にいたときは神父さまが一緒について行って下さり、どんなに真夜中に起こしても嫌な顔をしませんでした。
少なくとも、ジョーさんの記憶にはありません。
『安心しなさい。ちゃんとついているから。』
怖がるジョーさんにいつも優しく微笑みながら手を繋いでくださいました。


もう、神父さまに頼むことは出来ません。
ジョーさんはいきなりぽっかりと足元がなくなった気分になりました。
といって、そう何時までも昔の思い出に浸っている場合ではありません。
今ある問題に逃げてはいられないのです。しかも、現状からして時間も無いのです。
危機が刻一刻と迫っている今、恥ずかしいだなんて言ってられません。ジョーさんは誰かを起こすことを決心しました。


あとは勇気だけだ!


その勇気の使い方は間違っているのではないかというツッコミをしてくれる人は残念ながらいませんでした。












誰かを起こす、と言っても誰でも良いわけではありません。
まず真っ先に除外されるのはジェットさんとフランソワーズさんです。
ジェットさんに言った日には散々からかわれた挙句、皆にばらされるに違いありません。
今までずっと秘密にしていたものがばれる…想像しただけでも背筋が寒くなります。
その点、フランソワーズさんなら少しはからかわれるかもしれませんが、絶対に誰にも話したりはしないと確信が持てます。
さらに、今後このようなことがあっても快く承諾してくれるでしょう。


しかし、男としてそれを頼むことは出来ませんでした。
いくら二人だけの秘密が出来ようとも、そんな情けない秘密は作りたくありませんでした。
どうやらいくらジョーさんでもここまでプライドは捨てたくなかったようです。


次に除外されるのはジェロニモさんとピュンマさんです。
出会って間もないので、彼らのことはあまり知りませんでした。流石にたいして話をしたことがない人に頼むのにはためらいがあります。
そして、最後に除外されるのはグレートさんと張大人です。
彼らは一度寝たらてこでも起きないということは浅い付き合いでも知っていました。
もちろん、イワン君やギルモア博士には頼めません。


結局消去法だと9人もいて、たった一人しか残っていません。
ハインリヒさんです。
ハインリヒさんはジョーさんに戦闘のときなどに何度もアドバイスしてくれる、頼もしい、兄のような存在でした。
そして、口も堅い彼なら秘密は守ってくれるでしょう。
ジョーさんはハインリヒさんの部屋のドアをノックしようを意気込みました。


いざ叩こうとした時です。
「何か用か?」
ジョーさんは驚きのあまり、危うく真夜中の廊下で大声を上げる所でした。
ジョーさんの後ろにはハインリヒさんがいつもの感情の読めない顔で立っていました。


ハインリヒさんはどうやら宵っ張りな人のようでした。今までずっと一階で本を読んでいたそうです。
ジョーさんは初めこそ驚いたものの寝ているところを起こさなくてすみほっとしました。


事情を話すとハインリヒさんは一瞬奇妙な表情をしましたが、すぐに元の顔に戻りました。
ジョーさんは気にはなりましたが余裕がなかったので特に追求する気はありませんでした。なにより、トイレに付き合うことを承知してさえくれればどうでもいい気分でした。


「ミルク飲み人形みたいだな。」
事情を聞き終えたハインリヒさんの第一声は率直な感想でした。
言い得て妙と思いはしましたがといって素直に頷けないジョーさんでした。











「で?何で一人でトイレに行けないんだ?」
「幽霊が怖いんだ。」
ジョーさんは今更もう隠す必要が無いので、正直に言いました。見ると、やはりハインリヒさんは呆れた顔をしていました。
それからトイレに向かう間、からかわれはしませんでしたが、「科学の塊みたいな奴が未だにそんなくだらんものに振り回されるな」と延々説教されました。
そんなこと言われても怖いモノは怖いのです。
ジョーさんはからかわれるのと説教、貰うならどっちがいいのかなとトイレに向かう間、真剣に悩んでしまいました。
なので、ハインリヒさんの様子が少しおかしかったことに気付けませんでした。


「ねぇ、そこに居るよね?」
「ああ。」
トイレの中と外で何度かこのような応答を繰り返していると、ジョーさんは漸くハインリヒさんの異変に気付きました。


声が僅かに震えているです。まるで何かをこらえるように。
気付いた理由は簡単です。トイレに行けたことでジョーさんの心に余裕が出来たからと、声の震えはだんだん酷くなっていたからです。
もしかしから、ハインリヒさんも怖いのでしょうか?
ジョーさんは心配になりました。…ちょっぴり自分以外でも怖がる人がいることに安堵したのは内緒です。


しかし、それは間違いということがすぐに分かりました。
トイレから出るとハインリヒさんが必死に笑いをこらえていたのです。声が震えていたのはこらえ切れなかったものが溢れ出ただけでした。
ジョーさんはかなりショックでした。
004にはもう二度と頼まない、と心の中で誓いました。











「僕って学習能力無い…。」
数日後、真夜中一人で呆然と廊下に立っているジョーさんが居ました。


今度は誰に頼めは良いのでしょう?
もう、あの今にも笑いたいような顔をするハインリヒさんを頼むのはごめんです。
あの後、ハインリヒさんが誰にも話さなかったことには感謝していますが、出会うたびに奇妙に顔をゆがめるのには耐えられないものがありました。
意外に笑い上戸な事実を知ってしまい、二重にショックなジョーさんです。


しばらく悩んでいましたが、突然ひらめきました。
そうだ、あの人に頼もう。
やはり恥ずかしい気持ちは抑えられませんが、自分自身を励まし、深呼吸をしてからドアを叩き、そっと中に入りました。


例によって一人で行く、という選択がまるで頭に出てこないジョーさんでした。





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2003.3.6  © end-u 愛羅武勇

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