リビングに入ったとたんに漂う、甘ったるい香りにアルベルトは思わずうっとなった。
部屋中に広がる、チョコレートの香り。

あまりに強いその香りが気持ち悪く、顔をしかめずにはいられない。
発信源はもちろん、リビング続きのキッチンからだ。
顔を出してみるとフランソワーズがチョコを湯銭で溶かしていた。

「何やっているんだ?」
チョコとの格闘に必死だったフランソワーズはアルベルトの突然の出現に少し驚いた顔を見せた。
「あら?下りてきたのね。ええ、今ね、チョコレートケーキを作っているところなの。バレエ教室の差し入れに持って行きたいんだけど一発本番じゃ自信が無くて。
ためしに一度作ってみようと思ったの。」
「なるほどな。それにしてもすごい匂いが漂っているぞ。」
それを聞いたフランソワーズは周りを嗅ぐ仕草をしたが、しばらくして頭を振った。
「だめ。私は鼻が麻痺して全然分からないわ。…そんなに酷い?」
「ああ。あまりの凄さにくらくらしそうだ。」
アルベルトは憮然と答える。彼女は少ししゅんとなった。
「ごめんなさい。もうしばらくかかりそう。…あ。もしかして甘いものって駄目?この後お茶にするつもりだったんだけど…。」
「いや。大丈夫だ。ケーキができるまで二階に非難することにするよ。
もともとコーヒーのおかわり取りに来ただけだしな。」
そう言ってカップをかかげて見せてから、アルベルトはサーバーに入ったコーヒーと注ぐとキッチンを出て行った。

コーヒーがこぼれないように気をつけながら再びリビングを通り過ぎようとして、初めてソファーにジョーがいることに気付いた。
先ほどは頭しか見えない位置にいた所為で分からなかったらしい。
ジョーはなにやら真剣に車の雑誌を読んでいる。

…それは良いのだが。

「お前、ずっといたのか?さっきから甘い匂いが漂っているここで?」
「そうだよ。」
アルベルトの疑問にジョーは顔も上げずにあっさり答えた。
「そうだって…なんとも思わんのか?」
「? なんか思うところでもあるの?」
ここでようやくジョーは本から目を離し、不思議そうな表情で見返す。
アルベルトが変なことを言っている、といわんばかりだがそれはこちらとて同じだ。

この匂いをなんとも思わないだって?本気でいってんのかコイツ。
アルベルトはそう思ったが、すぐに訂正した。
いいや。とぼけた顔していようが、ぼーっとしていようが本人は本気のつもりなのがジョーだ。
無駄な言い合いをする気が失せ、アルベルトはさっさとリビングから退散していった。
ジョーはわけが分からない、といった顔で見送っていたが、リビングの出口を何時までも見つめていても納得できる訳がないことが分かっただけだった。

ケーキの完成とともに、ギルモア邸ではささやかなティー・タイムとなった。
何故ここで「ささやか」というと、テーブルについているのはジョー、アルベルト、フランソワーズの三人のみで、後は出払っている所為だ。
フランソワーズはわざと、ケーキの「毒見」役になってくれるメンバーが少ない日を選んでいた。
失敗するかもしれないものを大量に作りたいと思うほど酔狂になれない。
「どうかしら?初めてであまり自信ないの。」
「うーん…。まずくないけど、リキュールが少しきついと思う。」
「ああ。この量だと好き嫌いがはっきり分かれる感じの味だ。差し入れしたいのならもう少し万人向けじゃないと。」
「そうなのよね。本の通りだと少し多い気がしてたの。今度は控えてもう一回やってみるわ。」

ケーキについての批評が進む中、ケーキ自体もどんどん減っていった。
その原因はアルベルト。ワンホール食べるんじゃないかという勢いだ。
逆にフォークの進み具合が悪いのはジョーである。
それにアルベルトは気付き、フォークを止めて彼を見つめた。

「ジョー、どうした?」
「…食べれないわけじゃないんだけど。甘いものってあまり好きじゃない。」
ジョーの返事にアルベルトは目をむく。
「好きじゃない?匂いは平気だったじゃないか。」
「それとこれとは別。」
「何だそれは。変なヤツだな。」
アルベルトはそう言って、また一切れ皿に盛った。


…どっちも、変よ。
自分のことを完全に棚上げしているアルベルトと、そうかなあと頭を悩ましているジョーを見ながら、フランソワーズはそっと呟いた。

ああ、美味しいお茶。
チョコレートケーキを作る要領も分かったことだし、今度は皆でティー・タイムをしよう。
次はもっとたくさんチョコレートケーキを作って。

フランソワーズはそう心に決めた。






fin.


N.B.G.に投稿した日はバレンタインデーでした。題名の割に内容はむっちゃ関係無いです。 バレンタインデーっぽくした方がよかったのかなあ、と今でも悩んでます。 …とりあえず、これのバレンタインデーバージョンのネタはあったんだ。ただあまりにも付け足しの如くでボツったのね〜。 とはいえ、バレンタインデーバージョンでもカップリング的要素はなかったことは確かですが。
補足的にいうと、作中には特に必要ないんで省きましたが、チョコレートはトッピングのためです。スポンジに入れるのはココアですから。 当初はザッハ・トルテと書くつもりでしたが、説明文が欲しそうだったんでやめときました。
ケーキって失敗するとおっそろしいです。プレーンでやっちゃうともう絶望的。チョコの方がまだ良心ありますな。 フランソワーズは最悪の場合、自分だけで処理できる量でケーキを作ったという設定になってますが、じゃあケーキは小さいの? といわれればNOです。18センチはあるんじゃないかな〜。サイズ変えると焼く時間変わるので差し入れの時と同じ大きさの筈だし。 …とここまで考えて自分で混乱してきました。…細かいことは聞かないで…。




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2003.3.6  © end-u 愛羅武勇

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