平行世界
act.5
悟空……


もしも、この少年と出会っていなかったら、自分はもっと早くにこの世界に絶望していただろう。
絶望して、とっとと、コメカミにあてた銃口の引き金を引いていたはずだ。
キラキラと輝く金晴色の大きな瞳。
あの少年が傍にいることが、いつの間にか、自分にとっての当たり前となっていて……。
もう二度と、自分が誰かに心を許すことなど有り得ないと思っていたのに、今では彼抜きの生活を想像することが難しくなっている。
もちろん、いつか別れの時はくるだろうけれども、でも、なんとなくだが、その時は、自分がこの生を終える時であるような予感がしていた。
いや、もしかしたら、単に、彼とはぐれた後の時間を自分が生きたくないと感じているだけかもしれないが……。
でも、
だからこそ……
こんなのは間違っている。
こんなことはあってはならない。
自分より先に、この少年が死を迎えるなど……。
(くそっ)
その間違いを正すためにも、このまま薬によって眠りに引きずり込まれてしまうわけにはいかない。
三蔵は、ほとんど言うことをきかなくなっている身体を懸命に動かそうとした。
悟空を死なせはしない。
どんなことがあっても、自分は悟空を……



全身の力を振り絞って三蔵は腕を持ち上げる。
拳銃を持っている方の腕。
のろのろと、ひどく緩慢な動きでそれを持ち上げ、そして、歯を食いしばり、自分の二の腕に押し当てると、引き金を引いた。

ダンッ!!

鉛弾が一瞬にして、三蔵の肉を抉り、鮮血を迸らせた。
全身を駆けめぐった衝撃と激痛に、薬に侵されかけていた三蔵の意識は、僅かにクリアなものとなる。
三蔵は大きく頭を振ると、目の前に倒れている悟空の身体を血だまりの中から、腕に抱き上げた。
薬に侵された身体になかなか力が入れられず、三蔵は、よろめきながら必死になって悟空の身体を持ち上げる。
渾身の力を振り絞ったせいで、傷つけた腕から、血がドクドクとあふれ出すのがわかった。
でも、そんなこと、構っていられない。
意識を保っていられる間に、なんとしても八戒の元へ悟空を連れて行かなくては……

「八戒っ!! 悟浄っっ!! 八戒っ!! 八戒っ!!」

叫びながら、彼等がいると思う方向へと三蔵は駆け出す。
ガクガクと震える足。
踏みしめる地面は、グニャリと頼りなく、まるで雲の上でも歩いているようだ。
とー、
躓き、転んだ。
腕の中から、悟空の身体が地面へと放り出される。
自分も全身をしこたま地面に打ちつけた。
衝撃に息が詰る。
顔をあげれば、既に悟空の身体の周辺の土がみるみるうちにドス黒く染まっていくのが見えた。
あれは血。
悟空の血。
「ダメだ…っ……やめろっ……っ」
立ちあがろうとするが立ちあがれず、三蔵は、地面を這って、悟空の元へ行く。
「悟空っ、死ぬなっ!! 悟空っ!!」
鼻の下に指をあててみる。
まだ微かに息はある。
まだ悟空はここにいる。
三蔵は、再び悟空を腕に抱き上げようとするが、薬と出血のせいで、もはや、微塵も力を込めることができない。
「いやだっ……八戒っ!!誰か……」
誰でもいい。
何でもいいから、悟空を助けてくれ。
もう嫌だ。
1人取り残されるのは、二度とごめんだ。
「悟空っ、許さねぇぞっ!! 死ぬつもりなら……」
おれの息の根を止めてからにしろ。
おれに見せるな。
お前の死に様なんか見たくない。



見たく……。















重たい目蓋を持ち上げると、金晴色の瞳に迎えられた。
「悟……空……?」
口がカラカラに乾いていて、うまく声が出せない。
すると、悟空が、水の入ったコップを口にあてがってくれた。
「三蔵、ゆっくりだよ。ゆっくりと飲んでね」
冷たい液体が、ゆるゆると口の中へと注ぎ込まれ、喉を潤してくれる。
「………ここは……?」
「宿だよ。三蔵、1週間も眠りっぱなしだったから心配した」
「……1週間?」
 眠りっぱなしだった?
 じゃあ、あれは全て夢だったのだろうか。
 異世界で出会った悟空だけではなく、血に塗れた悟空も。
 だが、
「おれ助けようとして、銃で自分を撃つなんて無茶しすぎだよ。出血ひどくて、三蔵、マジ、やばかったんだから」
「やば……かったのは……てめぇだろう……が……」
「おれは大丈夫だよ」
紫暗の瞳を見つめ、悟空はニッコリ笑う。
「何が……大丈夫な……んだ?」
「三蔵より先に死なない。絶っ対、死なねぇから」
そんなことを言って、死にかけたクセにと、なんだか腹が立ってきて、三蔵は顔を背ける。
 すると、
「ねぇ、三蔵、おれ、怪我して意識失ってる間にさ、面白い夢見たんだ」
「……夢?」
 無視してやろうかと思ったが、好奇心に負けて、三蔵は悟空を振返る。
「うん。なんか、こことは全然違う世界に、おれと三蔵がいるんだ。そこには三蔵を傷つようとするヤツとかいなくて、で、おれは三蔵のことが大好きなんだ」
 その言葉をきいている内に、不意に、三蔵は、あの異世界で悟空に口付けをされたことを思いだした。
(まさか……コイツもそれを夢に見ているんじゃ……)
 探るように、三蔵は悟空の瞳を見つめる。
 できれば、そんなことはあって欲しくないと願いながら。
 だが、その刹那のことだ。
「でね、その世界のおれは、三蔵にこうするんだよ」
 と、三蔵の唇に、唇で触れてきた。
 軽く。まるで小鳥がくちばしでつっついてきたかのような微かさで。
「…っ!?」
 冗談ではないと、怒鳴りつけようとしたが、その前に、悟空にニへラ〜と無邪気に笑われてしまい、
「なんかわかんないけど、こうするとすっごくワクワクするね」
それを聞いた途端、急速に怒る気が削がれてしまった。
自分のした行為が何であるかもわかっていない、子供なのだ、悟空はまだ。
それをムキになって怒るのも無駄な労力であるような気がして……
「そりゃよかったな」
投げやりに返事を返し、それでこの会話を終わらせようとした。
だが、
「え? 三蔵もよかった? ホントに? じゃあ、もう一回」
 声を弾ませ、身を乗り出してくる。

スッパーン!!

ものも言わず、三蔵はハリセンで悟空の頭に制裁を加えた。

「涌いてんじゃねーよ、このボケ猿」






当たり前の日常が、今日も繰り返される。

End.


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2003.3.6  © end-u 愛羅武勇

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