#4  New Neibors  新しい隣人


「本日、午後3時より艦内ラウンジにて合同葬を執り行う。
上級士官、および希望者は出席せよ」

今朝のミーティングで、艦長のブリテンから通達があった。
謎の現象に巻き込まれ、アルファ宇宙域からこのガンマ宇宙域に ドルフィン号が飛ばされてしまったのは3日前。
飛ばされた直後は、衝撃でぼろぼろになった艦を修理したり、負傷者の手当てをしたりで 動ける人手が少ないこともあって、まったく目の回りそうな忙しさだった。 艦が何とか巡航速度程度が出るまでには修繕が終わり、 重症者の容態にも一区切り付いたところで、 ようやく衝撃で亡くなったクルーたちの葬儀を執り行う段取りがついたのだ。
それまではずっと、死亡者は弾頭を抜いた光子魚雷管を棺代わりに、 室内を低温に保たれた貨物室に並べられていたのだ。
葬儀では、遺体を入れた光子魚雷管はここから圧搾空気を使い、艦外に排出される。
それらは、もしかしたら超巨大重量星に捕まり、そこに落ちていくかも知れ無いし、 あるいは戦闘区域に巻き込まれて破壊されてしまうかもしれないが、 彼らの母星があるアルファ、もしくはベータ宇宙域の方角に向かって流される…
ぼんやりとジョーには聞き覚えのない変わった旋律の葬送曲を聴きながら、 宇宙葬について思い返していた。
ラウンジには、当直以外の殆どの士官が集まっていた。
喪主である艦長は、ラウンジの一番大きな窓の前で、弔辞を述べているところだった。
「…志半ばで惜しくも散った彼らに恥じぬように、これからの我らは常に向上し、
 発展を続けていく努力を惜しまぬことを、ここに誓うこととする」
彼の普段の芝居がかった、飄々とした様子はすっかりなりを顰め、沈痛な表情だった。
ジョーの隣には、ジェット、ピュンマ、少し離れたところにフランソワーズが座っている。
フランソワーズは、式の最初からずっと泣きつづける女性士官を隣で支えつつ、 彼女もまた時折目頭を抑えていた。
ジョーも、人前では泣くまいと、必死に涙をこらえていたが、 先ほど、被害者の名前が読み上げられたとき、そう、ジョーと喧嘩し、親交を深めた ウィル・ボーレス准尉の名前が読み上げられたとき、ついに堰が切れた。
ぼろぼろと涙が頬を落ちるジョーに、ジェットが気付いた。
「オイ、ジョー、お前泣いてんのかよ…
へっ、男がこんな大勢の前で泣くなんて情けねえゼ」
そう言ってジェットの顔が歪んだ…本人はにやり、と笑ったつもりだったのだろうが、 完全に失敗しており、ただ、顔の筋肉が左右非対称に動いただけだった。
その向こうのピュンマは、こちらは終始一貫して無表情。
ただ、漆黒の瞳が僅かに揺れていた。
弔辞を述べ終わったブリテンが脇へ下がり、進行役の副長のハインリヒが後をついだ。
「では、全員起立し、窓の方を向いてくれ…出棺する」
ラウンジの外に広がる宇宙空間に、仲間の遺体を載せた光子魚雷棺が、 次々と送りだされる。
全ての棺が送り出され、ハインリヒが葬儀の終わりを告げた。
そのままラウンジは、故人を偲ぶパーティー会場になる。
荘厳な葬送曲が、明るいポップスに変わり、軽食と、飲み物が運ばれてきた。

「…まったく、葬式というのものは出席するのも気がめいるが、
 己で執り行うというのも、たまったもんじゃないな」
ブリテンが、隣を歩くハインリヒに愚痴る。
彼らは、葬式が終わると同時にラウンジを抜けてきた。
「今後こんなことが二度となければいいんだが」
ハインリヒも同意し、ブリテンに聞いた。
二人しかいない気安さが、彼らに素の口調を出させる。
「この後俺はブリッジに戻るが、
 あんたはどうするんだ?」
ブリテンは頭をひとつつるりと撫ぜると、息を吐いた。
「次の勤務時間まで休ませてもらうさ…
 葬式の喪主というのはなかなか気が張ってしょうがない。
 …かまわんだろう?
 第一、お前さんもブリッジに戻っても、
 勤務時間終了まであと一時間ぐらいしかないんだが」
「一時間でも勤務時間は勤務時間だからな。
 …まあ、後は任せろ。
 あんたはゆっくり寝てればいい」
部下の手前、なんでもないような振りをしているが、 あの事件で一番痛手を負ったのは、部下を一気に何人も失った艦長のブリテンなのだろう。
普段は年を感じさせない、つややかな肌には張りがなく、 目の下にはうっすら隈ができている。
ハインリヒが、この男にしては珍しく、気遣うような口調で言った。
「すまん。後を頼む…しかし無理はするなよ?
 今度取って置きの酒をご馳走するよ。運良くビンが割れていなかったんだ」
ブリテンはそういい残し、ターボリフトに乗り込んでいった。

「副長?
 お休みになるかと思いました」
ブリッジへハインリヒが入ると、驚いたように保安部長のジェロニモが声をかけた。
艦長と副長が居ない間、彼がブリッジの責任者代理だったのだ。
今まで座っていた艦長席から立ち上がり、ハインリヒに席を譲る。
ハインリヒが、艦長席に座りながら、保安コンソールに戻るジェロニモに笑いかけた。
「まだ勤務時間は残っているからな」
「しかし後一時間程度です。
 あまり無理はなさらぬよう願います」
「…ったく、どいつもこいつも、そろって同じことを言う」
ジェロニモが落ち着き払って言うのに、ハインリヒは苦笑した。
この男は、体が大きい割りにまったく気が優しい。
クリンゴン人の血を4分の1受け継いでいるとのことで、クリンゴン特有の広い額と、浅黒い肌、 がっしりした、いかめしい体つきからは、猛々しい印象を与える。
クリンゴンは、宇宙連邦と協定を結ぶ、宇宙連邦の隣、ベータ象限に勢力を持つ戦闘種族だ。
その生活様式や、思想は非常に戦闘的で、いかにも 『戦士の、戦士による、戦士のための文化』といった趣だ。
クリンゴン自体の全体的な性格も、好戦的で直情的、どちらかといえば粗野で乱暴な人物が多い。
ところが、ジェロニモが実際に育った彼の故郷は、ネイティブアメリカンと、 自然回帰派のヴァルカン人が移住し、ともに作り上げた、とある殖民惑星である。
主な産業は農業で、文明的な機械は最小限しか使われず、自然とともに生活することで有名だ。
この男がクリンゴンから受け継いだのは、どうやら外見だけだったようで、 穏やかで繊細な気配り、自然や動物を愛する心は彼を育てた人達から受け継いだようだ。
ハインリヒが、何かしてないと気がまぎれない、といわんばかりに 勤務時間が、などと言い訳がましいことをいうのも見抜かれているようだ。
「…ジェロニモ少佐の故郷では、人は死んだらどうなる、
 とかいうことは、どう考えられているんだ?」
普段よりハインリヒの口数が多いのも、気を紛らわせるためだろう。
そういえばジェロニモも、いつになくよくしゃべる。
彼もどうやら、何かしてないと気がめいってしょうがないらしい。
「…死者から離れた魂は御山(おやま)へ行き、
 そこでこの世の穢れを落としてから天に昇ります。
 天に昇った魂は、新しい命の基となって、女性の腹に宿り、
 再びこの世に生まれてくるそうです」
「それは…また変わった教義だな」
ハインリヒは特に信仰を持っているわけではないが、 生まれたところがキリスト教の文化圏だったため、なんとなくキリスト教になじんでいる。
キリスト教には輪廻転生の概念はない。
そのせいか、ジェロニモの言ったことはハインリヒにはあまりぴんと来なかった。
「次生まれてきたときは、今度は自分のやりたいことができる人生が送れるようにと、
 自分はそう願っています」
「ああ…」
ジェロニモが穏やかな口調で言うのに、これにはハインリヒも心から同意した。

ラウンジ。
先ほどまでの重苦しい空気を払拭するように、皆故人の思い出を笑顔で語り合う。
どこか作為的であるが、とにかく悲しみを吹き飛ばそうと、明るく笑う。
「…でね、こんなこともあったんだ」
ピュンマが、機関部でのボーレスに関するちょっとした笑い話を披露する。
ある女性に一目ぼれし、言い寄ったものの手ひどく振られた、とか、 パットを持ちすぎてばらばらに落としてしまった話、とか。
もちろん一番のハイライトはピュンマ自身も参加したあの大乱闘。
「あの乱闘はすごかったなあ」
「ああ、そういえばここだっけな、派手にやったのは」
ピュンマが思い出しながら言うのに、ジェットが答える。
「あの時以来だな、やつと仲良くなったのは」
「そうそう。
 知ってた?ボーレスってさ、にんじん嫌いなんだよ。
 食事しようとしたら、あいつレプリケーターにこういったんだ、
 『ビーフシチュー、アンドレア風、にんじん抜きで』…って!」
「なんだそりゃ!
 いったい幾つのガキだよ!」
ピュンマが次々とバラすボーレスの秘密に、ジェットが爆笑する。
「あー、おかしい…なあ、ジョー?」
「う…うん…」
背中をばしばしとたたかれ、ジョーは息が詰まりそうになりながら答える。
その返事は、精細を欠いていた。
「なんだあ、暗いなあ、ジョー」
「なんとなく…みんな、何でそんなに笑えるの?」
ジョーが、泣き出す寸前のような、まるで捨てられた子犬のような表情を見せる。
そんなジョーの頭をジェットが固めた。
ジョーの耳に、ジェットがささやく。
「笑うんだよ、ジョー、こういうときはさ。
 たいしたことじゃなくても、とにかく笑っちまうんだ。
 そうすりゃ、たとえ泣いていても、笑いすぎて出た涙だってんで、
 みんな見逃してくれる…
 笑って、泣いて、そうすりゃ気分も軽くなるってもんさ」
故人を偲ぶパーティーでは、皆ことさら面白い逸話を語り、笑う。
こうすれば、たとえ泣いていても、笑いすぎて出た生理反応、 としか他人の目には映らない。
だから、皆笑う。自分が泣いていることを隠すため。
ピュンマも、目に涙をにじませながら笑っていた。
そういって、ジェットは声を大きくした。
「何言ってんだよ、ジョー!
 こんな愉快な話に笑わないって、そりゃないだろ!
 それともこれ以上面白い話を知ってるってか?
 いいさ、言ってみろよ!
 ほら、ジョー!」
いきなり振られ、ジョーは目を白黒させる。
あわてたジョーはつい口走った。
「面白い…?
 えっと…隣のトリブルは尾も白い…?」
葬式のときとは違う沈黙が場を支配する。
「…ジョー…」
ジェットとピュンマが気まずげに顔を見合わせる。
「えっ?何?僕なんか変なこといった?」
ジェットに頭を固められたままきょろきょろと周りを見回すジョー。
「いや、今の…ギャグか?」
ジェットがなんともいえない表情でジョーの頭から腕をはずした。
「トリブルって、あの毛玉みてぇな生物だろ?
 尾どころか、どこが頭かすらわかんねぇじゃないか」
…トリブルに尻尾なんてないだろ、って思うのは僕だけか?
ピュンマは頭の中で、ジョーの馬鹿でかいトリブルを思い浮かべつつ、 一人こっそり心の中で突っ込んだ。
「え?そう?
 僕はちゃんとわかるよ」
きょとん、とした表情のジョー。
それにため息をつくジェットが、ジョーの肩に腕をかけた。
「てか、隣のトリブルってどこの隣だよ?」
違う!ジェット、君絶対突っ込むところ違う!
口に出して突っ込めない己の押しの弱さを嘆きつつ、 ピュンマは、一人心の中で絶叫していた。
そのとき、急に艦内放送が入った。
『艦長より、全クルーへ』


「…副長?
 ちょっと見てほしいんですが」
「どうした?」
センサーを見ていたジェロニモが、ハインリヒに話しかける。
ハインリヒは、艦長席から立ち上がり、背後の保安コンソールへ移動した。
ハインリヒにも画面が見えるよう、ジェロニモが体をずらす。
「このセクターから、妙な信号が発信されているようなのですが、
 少々遠いのと、信号自体が弱いのとで、なかなかはっきりキャッチ出来ないんです」
「ふうん…?」
ハインリヒが画面を覗き込み、胸のコミュニケーターを叩いた。
「ハインリヒより艦長へ」
『どうしたんだ、副長?』
通信機からブリテンの声が流れてくる。
間髪居れずに答えた様子を見ると、特に休んでいた、というわけでもないらしい。
自分には言外に休めといっていた癖に。ハインリヒはわずかに苦笑しつつ言った。
「お休みのところすいません。
 奇妙な通信信号をキャッチ。
 見ていただけますか?」
『了解、すぐ向かう。
 ブリテンより以上』
ハインリヒの科白に答え、通信が切れた。
「オペレーション、センサーの解析度を上げてくれないか」
ハインリヒがオペレーションコンソールの士官に命じた。
「これは…救難信号でしょうか?」
ジェロニモがうなり、それにハインリヒも同意した。
「ふむ…どうやらそのようだ。
 至急信号の発信源を特定してくれ」
ジェロニモがうなずき、コンソールを操作する。
そこへ、ブリテンがブリッジに入ってきた。
「副長、報告を」
「信号は救難信号のようです。
 周囲にもうひとつ別の信号が見られることと、移動速度を考えると、
 どうやら発信者は何者かに追われているようです。
 移動方向は、こちらに向かっているようです」
ハインリヒがきびきびと報告する。
ブリテンはひとつうなずき、コミュニケーターを叩いた。
「艦長より全クルーへ。
 謎の船がこちらに向かっている。
 至急持ち場にもどれ」
にわかに艦内があわただしくなり、ブリッジにジョーとジェットも戻ってきた。
「何なんですか、艦長?
 せっかくジョーが面白かったのに」
操縦席に滑り込みながら、ジェットがブリテンに聞く。
ジョーも、オペレーションコンソールの仕官と入れ替わった。
「その話は後でじっくり聞かせてもらおう。
 ジェット、前方の船の間、インターセプトコースに入れ。
 詳しい事情はわからんが、とりあえず攻撃をやめさせよう」
ブリテンの指示に従って、ジェットが船を操作する。
前方のスクリーンに、大きな黒い船と小さな船の二隻が映し出される。
小さなほうの船は、とても古く、攻撃のせいか、それとももともとそうだったのか、 わからないくらい装甲がボロボロだった。
「一体なんで追われてたんでしょうね」
ジェットが首をかしげる。
「わからんから今から調べるんだ」
ブリテンが答え、ジョーが次いで報告した。
「通信が入っております。
 追われているほうの船からです」
「繋いでくれ」
ブリテンの指示に従い、ジョーが通信チャンネルを開いた。
画面に、丸い顔の男が映る。
『…!』
とたんに流れてきた奇妙な言葉に、ジョーが自動翻訳装置を調整する。
『ああ、有難いネ!ワテの通信届いたのことネ?!
 助けてほしいのことヨ!』
連邦の優秀な翻訳装置でも、うまく翻訳し切れなかったのか、 奇妙な訛りと文法が残っている。
ブリテンが、落ち着けるように両手を挙げる。
「我輩は宇宙連邦USSドルフィン号艦長、グレート・ブリテンと申します。
 一体どうしたのか、説明をしていただきたいのですが」
『説明している暇無いヨ!
 ワテの船、攻撃受けてボロボロネ。
 頼むから助けてほしいのことヨ!
 ワテただの商人ヨ!』
どうやら攻撃を受けてパニックになっているらしい。
ジョーが、ブリテンにこっそり告げた。
「艦長、追っていたほうの船からも通信が入っております」
ブリテンは少し考え、丸顔の男ににこやかに告げた。
「少々お待ちください。
 あなたを攻撃しているほうの船に、攻撃をやめてもらえないか、頼んでみましょう」
ジョーが通信チャンネルを開いたとたん、高圧的な声が飛び込んできた。
『貴様たちは誰だ。
 無関係のものが首を突っ込まないでいただこうか。
 すぐにここから立ち去れ』
スクリーンの中で黒い服を着た男がしかめつらしく、威圧的に腕を組んでいる。
ブリテンが再び名乗りを上げた。
「我輩は宇宙連邦USSドルフィン号艦長、グレート・ブリテンと申します。
 救難信号を受けてこちらに参りました。
 …武器も持たない一般市民に対し攻撃するとは、少々ひどいのでは?」
『立ち去らぬならそちらも敵とみなし、攻撃する』
スクリーンの通信が一方的に切れた。
ジョーが報告する。
「艦長、前方の船が武器を起動しています」
「ジェロニモ少佐、防御スクリーンを。
 こちらもフェイザーの起動準備をしてくれ…
 ただしまだ撃つな。様子見だ」
ブリテンが指示を出したところで、ドルフィン号が揺れた。
ジョーが報告する。
「右舷スクリーンを敵のフェイザーが直撃。被害なし。
 スクリーンの出力も正常です」
また再びどこかに攻撃が当たったらしく、艦が揺れた。
「少佐、出力4分の1でフェイザー発射準備。
 目標は前方の船。少々威嚇してやれ」
ブリテンの指示に従い、ジェロニモがフェイザーを調整する。
「発射」
フェイザーがまっすぐ前方の黒い船に向かい、左舷に当たった。
「…左舷に命中。
 相手の左舷シールド消滅」
「は?フェイザー出力4分の1でか?」
ジョーの報告にハインリヒがびっくりしたように問い返す。
ジョーも困ったようにうなずき返した。
「どうやら相手のシールドが思ったより弱かったのと、
 相手のシールド発生周波数が、こちらのフェイザーと周波数が
 たまたま一致していたのが重なったようですが」
それにしても弱すぎる、という科白をジョーは飲み込んだ。
あれだけ高圧的にむかってきたのだから、さぞ強いのかと思いきや。 通常なら、せいぜい船がわずかに揺れるくらいである。
大型艦なら、びくともしないだろう。
小さなシャトルだって、出力4分の1のフェイザー砲を受けても、 いきなりシールドが消滅することは無い。
あ、でもあの丸顔の男の船だったら、沈没しかねないかも…
ボロボロだった船を思い返しながら、ジョーは報告した。
「通信が再び入ってます」
『くそ、やってくれたな!
 今後貴様らもわれらの敵とみなし、見かけ次第攻撃する!
 今回はこれで引いてやる!』
チャンネルを繋いだとたんに、再び高圧的な、一方的な科白が響いて唐突に切れた。
スクリーンの中の黒い船が反転し、発進していってしまった。
唖然とするブリッジの面々。
「…一体何なんだ…」
ジェットがポツリとこぼす。
ハインリヒとブリテンは顔を見合わせ、そろって軽く肩をすくめた。
ブリテンがいう。
「さあな。
 それより、例の小船のほうと通信を繋いでくれ」
スクリーンに丸顔の男が再び顔を見せる。
『ああ、アリガトウのことヨ!
 本当に助かったのこと、感謝してもし足りないネ!』
先ほどの怯えきった様子はどこへやら、満面の笑みで対応する男。
『その、ついでで悪いケド、ワテの船ぼろぼろになてしまったネ。
 修理手伝ってほしいのことヨ』
「ええ、こちらも聞きたいことが山のようにありますから。
 こちらの船に貴方をご招待します。
 ぜひいらしてください。」
『いらしていわれても、ワテシャトル持ってないのことね』
困ったように男が言うのに、ブリテンは笑いながら答えた。
「いえ、そのままお待ちください。
 転送でこちらにご招待しますから」
ブリテンがそういって、通信を切った。
続けて医療室を呼び出す。
「ブリテンより、医療室へ」
『はい、艦長』
フランソワーズが応答した。
先の事故で医療部主任だったドクターが居なくなり、 今はフランソワーズが医療部の主任に就任していた。
「アルヌール中尉、第一転送室に来てくれ。
 客人をお迎えする」
ブリテンはそういうと、ブリッジをジェロニモに頼み、 ハインリヒとともに第一転送室へと向かった。


「転送」
ハインリヒの指示で転送台が明るくなる。
きらきら光る光の粒子と、僅かにブーンとうなるような音が消えたところで、 転送台の上に背の低い男が現れた。
丸い愛嬌のある顔の下に、派手な衣装に包んだこれまた丸い体。
座った姿勢のまま転送されたのか、彼は姿が現れたと同時に転送台の上で転がった。
ブリテンとハインリヒはあわてて駆け寄り、男を助け起こした。
「すみません、立ってお待ちくださいと申し上げるべきでしたな」
「『テンソウ』はひどい技術ネ。
 ワテあまり好きじゃないよ、コレ」
苦笑しながら言うブリテンに、やや憮然と答える男。
「あ、ワテの名前『張・張湖(チャン・チャンコ)』いうよ。
 友人みな『張大人(ちゃんたいじん)』呼ぶネ」
思い出したように名乗る張大人に、グレートがハインリヒとフランソワーズを紹介する。
「こちらは副長のアルベルト・ハインリヒ中佐。
 彼女は医療部主任のフランソワーズ・アルヌール中尉です。
 ドルフィン号にようこそ、張大人」
軽く会釈をするハインリヒ。フランソワーズが口を開いた。
「始めまして、張大人。
 この艦で何か困ったことがあったら、何でも聞いてくださいね」
にっこり笑うフランソワーズに、張大人が胸の前で両手を合わせ、会釈をした。
彼の種族の挨拶らしい。
「えっと…艦長のグレートはん?に副長のアルベルトはん、
 それからフランソワーズはんは…お医者はんかネ?」
首をかしげながら言う張大人に、ブリテンが答える。
「医者というより、むしろ彼女の専門はカウンセラーですね。
 本来の医者は残念ながら亡くなってしまって」
「あや、そうだたのね。悪かったのことヨ。
 ところで、ワテの船どうなるネ?」
「すでにうちのクルーが、貨物室に収納しましたのでご安心を。
 こちらへどうぞ。艦内を案内いたしましょう」
張大人に答えるブリテン。先に立って転送室を出る。
その後に、張大人がものめずらしげにきょろきょろしながら続いた。

「こちらがブリッジです」
ブリテンが、張大人を案内しながらブリッジに来た。
「彼はオペレーション担当のジョー・シマムラ少尉。
 操舵担当のジェット・リンク少尉に、保安部主任、ジェロニモjr少佐です」
ブリテンがブリッジクルーを順に紹介していく。律儀にそれぞれに会釈する張大人。
「ジェロニモはんはここにいるほかの人とちょと違うネ。
 額がでこぼこしてるのことヨ」
「彼は、クリンゴンという種族の血を引いているのでね。
 この船にはいろいろな星から、さまざまな種族が乗っていますからな。
 アルヌール中尉はベタゾイドという種族ですし、ほかにもいろいろおります。
 かくいう我輩も、シェイプシフト能力のある種族の一人でして」
ブリテンの科白に首を傾げる張大人。
「しぇいぷしふと?」
「説明するより見たほうが早い」
にっこり笑ったブリテンの体がゆがんだ。
思わずジョーは目を見張る。
ブリテンの体が縮み、肌の色が変わる。
あっという間にそこには張大人が、二人たっていた。
派手な服を着たほうの張大人が、ぴちぴちに伸びた、そのくせ袖やズボンはだぼだぼな もう一人の張大人をぽかんと見つめる。
「ワーオ!すっげぇ」
「艦長はシェイプシフターだったんですか!」
しかし、なぜか驚いた声を上げたのは、ジェットとジョーだった。
「…とまあ、このように姿を変える能力のことをシェイプシプト、といいましてな。
 ところでなぜシマムラ少尉とリンク少尉が驚くのかね?」
艦隊の制服を来た張大人が、まぎれもなくブリテンの口調で言う。
艦隊の制服は、伸縮性に富んではいるが、もともと細身のブリテンである。
限界ぎりぎりまで引き伸ばされた布地は、流石に破れそうだった。
「艦長がシェイプシフターだったとは知りませんでした」
ジョーの科白にジェットも頷く。
ハインリヒがこめかみを押さえながら引きつった声で言った。
「最初にもらった資料のクルー名簿に書いてあっただろう?」
しれっというジェットと申し訳なさげに言うジョー。
「まったく読んでませんでした」
「ドルフィン号のとこしか読んでません…
 ジェロニモ少佐はクリンゴンだったんですか」
そこもか!ハインリヒはおもわず本格的に頭を抱えたくなった。
「面白い船ね!ワテ、この船気に入ったのことヨ!」
「ありがとうございます」
ニコニコという張大人に礼を述べるフランソワーズの声も、やはりどこか引きつっていた。

「ここがラウンジです」
ブリテンが、室内を指し示す。
「ここで士官たちは食事をしたり、休憩を取ったりいたします。
 さまざまな催しが行われることもありまして、クルーたちの憩いの場でもあります」
「ほほう、この艦にはこんなとこもあるのネ。
 すごい艦ね。ワテびっくりしたのこと」
ブリテンの説明を聞きながら、張大人もラウンジに入る。
現在はデイタイムの勤務時間中のため、 ラウンジには、勤務時間外の士官がちらほらと居るだけだった。
ブリテンは、ラウンジの隅の壁に取り付けてあるコンソールの前に張大人を連れて行った。
「これは、レプリケーター(物質合成機)といいます。
 レプリケーターではいろいろなものが合成できますが、
 ここには特にさまざまな食品データが入っていまして、
 自分の食べたい食品を言うと、その食品を出してくれるのです。
 多少の材料の調節もできますので、
 自分の好みに合ったものが出せるというわけです」
ブリテンの説明に首をひねる張大人。
「この後ろに料理係がおるんですかいナ?」
「いいえ、そうではありません、大人」
フランソワーズが、レプリケーターの前に立つ。
「コンピューター、紅茶、ダージリン、ホットで。
 ミルクと砂糖は別にして」
彼女がコンソールに向かって命じた。
すると、すぐ下の取り出し口から湯気を立てるティーカップと、 ミルクポット、シュガーポットがトレーに乗って現れた。
ティーカップの中から、ダージリン特有の、花のような芳しい香りが立ち上る。
張大人がぽかん、とびっくりしたように口をあけた。
「どうぞ、張大人。
 お好みで砂糖とミルクもお入れください」
フランソワーズが張大人を席に座らせ、その前にトレーをおく。
「今まで何もなかったのに、いきなり現れたね。
 魔法みたいヨ」
そういいながら、張大人が恐る恐るカップを口に運ぶ。
「あや、これワテの国にもある『ホォンチャァ』に似てるヨ。
 これもなかなか美味ネ。
 この艦では食事は皆ああやって出てくるのかネ?」
「ええ、まあ、一応」
「なんね、なんか歯切れ悪いネ。
 …ワテの考え、違うあるか?」
ブリテンが微妙に口を濁すのに、不思議そうに問い返す張大人。
フランソワーズが答えた。
「その、ここに来る以前、少々事故にあってしまいましたので、
 今艦内の総エネルギーがとても不足しているんです。
 船を動かすために、なるべくエネルギーを節約したいということで、
 現在個人の部屋にあるレプリケーターは原則使用禁止なんです。
 フード・レプリケーションはとてもエネルギーを使いますから。
 ですから、皆ここのレプリケーターを使ってはいるんですが、
 機関部からはもっと削れないか、と…」
「一番削りやすいのは食費、と昔から言いますからね。
 しかし、これ以上はなかなか」
ブリテンも困ったように嘆息する。
確かに、レプリケーターで出す食事用にまわすエネルギー、 というのは生活用エネルギーの中で一番削りやすい。
とはいえ、決してゼロにはできない。
逆に、どんなに切羽詰っていても、必ず同じようにエネルギーが必要なのが、 艦を動かすためのエネルギーである。
光熱用エネルギーなどを削ってはいる(そのため、 居住区の廊下は常に明かりが落とされ、薄暗くなっていた)ものの、 機関部の望みどおりのエネルギー節約はなかなかできないのが現状だった。
張大人が首をかしげた。
「…自分で食事を作ればいいのことよ」
「それができれば苦労はしません」
間髪居れずにブリテンが答える。
張大人がびっくりして椅子から飛び上がった。
「料理が作れないあるか!?
 ワテの国、料理できないと一人前じゃないネ
 皆小さいころから料理仕込まれるのことよ!」
「作れる人も居るには居ますが、
 なにぶん少人数、しかも人員も足りないので、
 常に料理係として厨房に居るというわけにもいきませんから」
フランソワーズが困ったように言う。
彼女はお菓子作りが趣味ではあるものの、料理はほとんど経験がない。
ジェロニモは料理が得意だそうだが、まさか彼を常に厨房に置くわけにもいかないだろう。
全クルーを見渡してみても、料理ができる、という人は本当に数えるほどしか居なかった。
「ハァ…本当にいろいろ違うのことね」
張大人は、嘆息しながらしみじみとつぶやいた。 

「ワテがある宇宙基地で取引をして、
 そしたらいきなりあの船が追いかけてきたネ」
料理について、一悶着あったあと。
ようやく思い出したように、張大人が黒い船に追いかけられていた理由を、 ブリテンとフランソワーズに話していた。
「何か違法取引を…?」
ブリテンの科白に、張大人が憤ったように言う。
「ワテは清く正しい商売人ヨ!
 違法取引はしないのことネ!」
「すみません、もちろんそういうつもりではありません。
 何かの違法な取引現場を見かけた、とかで追われているのかと」
なだめるように言うブリテン。張大人が首を振った。
「特にそういうのは無かたと思うヨ。
 それに、追いかけてきたのは基地から離れて大分たってからだったヨ。
 追うならもっと、基地の近くから追いかけてくると思うネ」
「ほかの者と取引するはずだった品物を、
 間違えてこちらに渡してしまったことに後で気づいて、
 それで追いかけてきたのかもしれませんね」
フランソワーズが考えながら言う。ブリテンも、同意した。
「うむ、その線が濃厚だな。
 追いかけてきていたあの黒船について何か知っていることは?」
「ワテにもよくわからないネ。
 ただ、この辺にある裏組織に『黒い幽霊団(ブラックゴースト)』
 というのが居るヨ。かなり巨大で、危険な組織らしいネ。
 もしかしたら彼らと何か関係あるかもしれないのことヨ」
「ふむ…しかし、一度積荷を調べてみたほうがよろしいかもしれませんな。
 かまいませんか?」
「かまわないのことヨ。
 またワテ追いかけられるのいやね、
 きっちりしっかり調べてほしいあるヨ」
張大人が、ブリテンの言葉にうなずくのをみて、 ブリテンはコミュニケーターでハインリヒを呼び出した。
「副長か。
 すまんがジェロニモ少佐とともに、張大人の船の積載物を調べてくれないか。
 その中に、彼が追いかけられていた理由があるかもしれない」

張大人の船の中は、ガラクタで満載されていた。
ハインリヒとジェロニモは、それらを保安部員とともに、
一つ一つ丁寧にトリコーダーやセンサーで調べていく。
何に使うのかよくわからない歯車の塊や、きらきら光る結晶体。
くるくる回るどこかの星の天体儀に、 地球では数百年前に使われなくなったような技術の製品など。
「やたら数だけはあるな、まったく」
ガラクタのあまりの多さに思わずハインリヒが一人呟く。
今のところ、時に危険なものや、重要そうなものはまったく出ていない。
船の中では、保安部員とジェロニモが品物を掘り出している。
あまりにごちゃごちゃしているので、まさに『掘り出す』といい表現がぴったりだった。
「ディリチウム振動体が三つ」
「うむ」
保安部の報告にジェロニモが記録しながらうなずく。
「ラチナムの延べ棒が5本」
「うむ」
「コンピューターパッド発見。
 中身は…このセクターの星図のようです」
「うむ」
「ゆりかごひとつ。なかに赤ん坊一人」
「うむ」
「……」
「……」
「!?」
「え?!」
ジェロニモと保安部員の顔色が変わる。
「副長!
 大変です、こちらへ来てください」
顔色を変えた保安部員に呼ばれ、ハインリヒが船内に入る。
困ったような表情のジェロニモが、黙って指差したそこには、 1歳になるかならないか位の赤ん坊が一人、ゆりかごの中ですやすやと眠っていた。
これにはハインリヒも顔色が変わる。
「ハインリヒより、艦長へ…
 張大人も連れて、至急いらしてください」
『どうした、何か見つかったのかね』
「その…」
言いづらそうに僅かに口ごもるハインリヒ。
「赤ん坊が居ました」
『はっ?』

医療室の、バイオベッドの上。
赤ん坊が寝かされ、検査を受けていた。
「健康状態は良好。
 年齢は…
 彼がどれくらいのスピードで成長するのかは不明ですが、
 我々の成長スピードと同じ、と仮定して大体生後10ヶ月くらいです」
フランソワーズが検査結果を報告する。
「…で、この赤ん坊が一体何時入り込んだのかはわからない、と」
ブリテンが赤ん坊の頬をつつこうとするのを、フランソワーズが無言で制した。
張大人が呆然と言う。
「ワテいろんな品物扱ったことあるけど、
 ヒトは扱ったことないよ。
 人身売買は犯罪よ。犯罪は駄目あるよ。
 今回の取引品目録の中にも、生物なかたのことね」
「何かにカモフラージュされていたんじゃないのか?
 ほかの、もっと大きな箱に入れられて、別の商品名をつけられていたとかな」
ハインリヒが張大人を見下ろしながら淡々と言う。
「今回の取引品、全部小さかたね!
 それにちゃんと全部チェックしてるのこと、
 そんなことありえないよ!」
張大人が口から文字通り火を吐く。
炎に煽られ、さすがにびっくりしたのか、僅かに目を見開くハインリヒ。
「言い忘れてたけど、ワテの種族、口から炎吐けるね。
 怒らすと怖いのことよ?」
彼の狼狽した様子に、多少気を良くしたのか、 張大人が上機嫌にもう一度口から小さな火を出した。
「そりゃ悪かった」
ちっとも悪かったと思ってなさそうな調子でハインリヒが謝る。
ブリテンがとりなした。
「すまんな、彼はいつもこんな調子なんだ。気にするだけ無駄さ。
 それより、大人にこの赤ん坊に心当たりがないとなると、
 これからどうしたもんか」
そうブリテンが言ったとき、その場に居た全員の頭に『何か』が響いた。

それは、ブリテンにはまさに『何か』としか表現のしようがなかった。
音のような、映像のような、あるいはそれ以外の、言葉にはできないような『何か』が 一気に脳内を巡った。脳の処理能力をはるかに超えた情報量に、ひどい頭痛を覚える。
「な…なんだこれは…?」
ハインリヒや、張大人たちも頭を抱えていた。
フランソワーズが、僅かに顔を歪めながら言った。
「これは、強力なテレパシーです…
 この赤ちゃんが発生源ですわ!」
もともとテレパシー能力を持つベタゾイドである彼女は、どうやら何とか耐えられたらしい。
あわてて赤ん坊に駆け寄り、語りかける。
「赤ちゃん、私の【声】が聞こえる?
 彼らはテレパシー能力を持ってないのよ、
 お願い、やめてあげて!」
彼らの頭痛がとまり、ほっと息をつく。
  【ごめん、君たちの言語がわからなかったんだ。
   それにテレパシーが使えないなんて知らなかったし】
今度は、はっきりした【声】が全員の頭の中に響いた。
甲高い、子供の声。同時に、赤ん坊の体がふわりと浮きあがり、空中で直立した。
  【君たちの使う言語をちょっと探らせてもらったんだよ。
   ついでに挨拶しようと思ったんだけど】
「もしかして…この声は君かね?
 君はエムパス…いや、ESPer(超知覚能力者)なのか?」
ブリテンが、信じられない、といわんばかりに赤ん坊を見る。
赤ん坊は、くりっとした瞳をこちらに向けていた。
そのきらきら光る瞳孔は、特にどこに焦点があっているわけではない。
ESP(Extra-Sencual Power…超知覚能力)が発達した所為で、 五感の一部が欠落する、というのはよくある話だ。
この赤ん坊も、視覚神経がまだ未発達なのか、それとももともと弱いのか、 どうやら目が見えないらしかった。
  【そうだよ。
   はじめまして、グレート・ブリテン艦長。
   僕の名前はイワン。イワン・ウィスキー】
そういって、赤ん坊、イワンはにこりと笑った。

彼は、ESPの発達した彼の種族でも、まれに見る強い能力者だった。
彼の種族は、体の成長より先に自我が発達するが、とりわけ彼の成長は早かった。
しかし、成長と同時に膨れ上がる能力は、まだ赤ん坊の彼には完全には抑えきれず、 時々自分の知らないうちに、いきなり能力が発動してしまうらしかった。
  【寝起きとか、おなかが空いたりして機嫌が悪くて泣いたときとかに、
   ものを浮かばせたり、うっかり移動したりしちゃうんだ。
   まあ、ここまで遠くに来ちゃったのは初めてだけどね。
   いつもだったら遠くに行くといっても、せいぜい惑星上だったもの。
   あ、あの黒い船が追いかけてきたのはね、
   本当は最初僕がテレポートアウトしたのが彼らの船内だったんだ。
   でも、なんとなく居心地悪くて、抜け出してきちゃった。
   そのときたまたま近くを通った船に移動したら、それが大人の船だったってわけ。
   そしたら彼ら、大人が自分たちの船から荷物を
   こっそり転送させた、と思ったらしくて】
赤ん坊らしからぬ、理路整然とした口調で語るイワン。
彼は、見た目赤ん坊だが、実際は超長寿生命体のため、 (地球の暦で)24、5年くらい生きている、と語った。
  【君たちの一ヶ月が大体僕らの一日に当たるから、
   僕らの種族で言えば、確かにまだ生後10ヶ月の赤ん坊だけどさ】
「その生後十ヶ月の赤ん坊が、こんなところに居て親が心配するんじゃないのか」
ハインリヒが腕を組みながらイワンを見る。
「そうよね。
 イワン、あなたの家はどこか分かる?」
  【それが、僕よく分からないんだよね】
フランソワーズにイワンがしれっと答えた。
  【今までだったら、ちょっとテレパシーを使えば
   すぐお父さんが迎えに来てくれたんだけど、
   ちょっと遠くに来すぎたみたい。
   お父さんどころか、同じ種族の人の気配もしないや。
   …僕らは自分たちの星を「サルマティア」って呼ぶけど、
   場所はちょっと僕にはよくわかんない】
ブリテンたちの思考を読み取り、最後の一文を付け足すイワン。
「サルマティア…ワテもいろんな人と商売してるし、
 いろんな種族と会うけど…聞いたことないヨ」
嘆息するブリテン。
「参ったな…
 放り出すわけには…おっと、冗談さ、そう睨まんでくれアルヌール中尉。
 このガンマ宇宙域にわれわれは残念ながら不慣れだから、
 君の故郷を見つけられるとは確証できん。
 しかし、それでもいいというならば、
 不肖ながら我輩たちが君の故郷を探す手伝いをしようではないか」
「ワテも手伝うあるよ!」
張大人が名乗りを上げる。
皆の視線が張大人に集中した。
「イワンはもともとワテの船に乗っていたね。
 本来ワテが探すべきヨ。
 グレートはん、お願いします、ワテをこの船において欲しいのこと。
 ワテこの辺の宇宙域詳しい、商売も上手、なにより料理も上手、お役に立つよ」
「しかし…われわれは本来アルファ宇宙域に向かっているし、
 航路もその方向なのだが…いいのか?」
ハインリヒが問う。張大人は、胸をひとつたたいた。
「平気、ワテもともといろんなところ見たくて商売はじめたのこと、
 ワテの知らない土地に行くこと本望ね!」
「よかったわね、イワン、
 みんなが協力してくれるならきっとあなたのお家も見つかるわ」
フランソワーズがふわふわと浮いているイワンを抱きとめる。
  【ありがとう。
   ま、たとえ見つからなくっても、しばらく異文化研究ってのもいいよね。
   どうせ寿命は長いんだし、そんなにあわてることもないと思うんだ。
   それに、ただで探してくれなんていうつもりはないよ。
   クルー足りないんでしょ、手伝うよ?
   お父さんが医学博士で、僕その研究や実験の手伝いしてたんだ。
   医学の知識は任せてよ】
すっぽりとフランソワーズの腕に納まりながら、イワンはこまっしゃくれた口調で言った。
くすくすとフランソワーズが笑う。
「あら、そんなに早くひとり立ちしてどうするの、おチビちゃん?
 あなたはまだ赤ちゃんなんだから、
 お父さんやお母さんと一緒のほうがやっぱりいいでしょう?
 それまでは、私たちみんながあなたのお父さん、お母さんよ。
 いっぱい甘えていいのよ、ね?
 そうだわ、赤ちゃん用のミルクとか、お洋服とか用意しなきゃ。
 イワンは何色のお洋服が好きかしら?」
明らかに赤ん坊扱いされて、多少照れたのか、沈黙するイワン。
楽しそうにフランソワーズが続ける。
「男の子だし、やっぱり青かしら?それとも白?
 緑もいいわよね。黄色も可愛いと思うわ。
 あ、ピンクでもいいかしら」
ピンクは地球の慣習では女の子の色だぞ、とハインリヒは思ったが、 そこを指摘するほど親切な性分ではないので黙っていたら、 イワンにテレパシーで怒られた。
  【ちょっと、そう思ってるならフランソワーズをを止めてよ。
   このままだと僕フリルのいっぱいついたドレスも着せられかねないよ】

張大人とイワンは、上級士官会議を経て、正式にドルフィン号のクルーとなった。
もっとも、得体の知れない一般人を艦に乗せることにハインリヒは最初反対したのだが、 張大人の明るさや、機転のよさ、イワンの知識等に触れたことと、
何よりほかの上級士官たちがそろって彼ら二人を気に入ったことで、結局認めた。
「まったく、お前さんだって彼ら二人が気に入ったのだろう?
 素直じゃないのだから」
ブリテンが笑う。
「艦長に意見を言うことは副長の仕事ですから。
 それにうちの艦長はどうも楽天家、かつ夢想家過ぎますので、
 誰かが現実的、かつ建設的意見を言わないといけないんです」
ハインリヒは、しれっとした顔で答えた。
その取り澄ました顔を見て、ブリテンは思わず噴出した。
「お前さんのは現実的意見ではなく、悲壮的意見というのだよ」
「でしたら艦長のそれと合わせて、ちょうどよいでしょうとも」
ハインリヒが、にやりとした。

「立場としては一般人だが、君たちはわが艦の大切な乗組員の一人だ。
 全クルーを代表して、君たちに歓迎の意を表したい」
ブリッジで、張大人とフランソワーズの腕に抱かれたイワンがブリテンと相対していた。
ピュンマもブリッジに呼ばれており、隅の機関コンソールの前に立っていた。
ブリテンが張大人とイワンの胸に、コミュニケーターバッチをつける。
ブリッジに拍手が巻き起こった。
「どぞ、よろしくお願いするネ」
大人が照れくさそうに言う。
「こちらこそよろしく、張大人、それにイワンも」
「よろしく頼むぜ、大人は料理係も兼任してるんだって?
 いっちょ美味い飯、頼むぜ」
ジョーとジェットが口々に言う。
「イワンもよろしくって」
フランソワーズがジョーに向かってイワンの手を降らせる。
イワンがやや憮然とする。
その赤ん坊らしからぬ表情が、妙におかしくて、ジョーは思わず笑った。
「お、なんかジョー、久しぶりに笑ったな」
ジェットが言う。ジョーは自分のほほを軽くつまんだ。
「え?そう?」
「そうだよ。
 …なんかちょっと安心しちゃった」
ピュンマが笑いかける。
そんなに笑っていなかったっけ、とジョーは思う。
あの衝撃的な事件からこっち、なんだか頭の中が混乱していて、 確かにいつもより気分が下降気味だった。
「もしかして、心配かけちゃってたの?ごめん」
ジョーが謝る。ジェットがジョーのほうを振り向き、にやりと笑った。
「いんやーべっつに。
 たださ、ブリッジに常に機嫌悪そうなむっつりした顔と、
 それに加えてこの世の終わりが来た、みたいなしょんぼりした顔があると
 俺の気が滅入ってしょうがないってだけさ」
「むっつりした顔とは誰のことだ?」
ハインリヒがジェットの背後に立ち、妙に優しく問いかける。
ジェットは急にまじめな顔になり、正面を向いた。
「いえ、ただの一般論であります、副長。
 前方確認、コース異常なし」
ハインリヒとジェットの漫才のような会話に、ブリッジが笑いに包まれる。
ブリテンが、ジョーに聞いた。
「シマムラ少尉、ここから一番近い恒星系はどこにあるかね?
 あの事故でだいぶ艦内がぼろぼろになったが、物資が足りないし、
 増えたクルーの分も必要だ。
 どこかで供給しなくてはならん。
 何しろこの先艦隊本部からの援護は望めないからな、
 補給できるときにできるだけ補給しなくては」
「ここから2セクター先にひとつあります。
 人も住んでいるようです」
「よし、リンク少尉、コースをセットしろ」
「イエス、サー」
ブリテンが、コースを示すように手で前方をさす。
「…発進」

宇宙空間に、ワープに入る寸前の、一瞬光を増したドルフィン号の軌跡が伸び。
そして、消えていった。




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前の話からもう一年…。うは。待っている人はいるんだろうか…。んで。 とりあえず全員やーっとでました!ようやく9人の中で誰が異星人か判明したし〜。
なんか、4話だけだといろいろ足り無いので3.5話(番外)がでそうな予感。 アレも出したいしね…ククク。
そしてオマケ漫画があります。描きます。がんばります。

ジョーの言ってたギャグは「隣の犬は頭が白い、お腹も白い、尾(お)も白(しろ)い」 という古典的ギャグを参考にしたんだそうです。

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2004.4.25  © end-u 愛羅武勇

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