冒険。それは、血沸き肉踊る脅威の世界への扉。
古、人々は夢と、不思議と、そしてロマンを求め、広い大海原に我先にと飛び出した。
ワープ航法が確立し、気軽に宇宙旅行が出来るようになっていた24世紀のいま、その冒険の地(フロンティア)は、遥かなる宇宙(そら)へと広がっている。


#1 Starting the star trek   冒険の始まり


月面基地の宇宙船ドッグの前に一人の青年が立っていた。
中肉中背で、ブラウンの髪と瞳。
異国人どころか、異星人との混血も珍しくないこの時代。彼の顔立ちはやや幼く見えてもそれなりに整ってはいるものの、むしろ凡庸であるとすらいえたが、なぜか人目をひいていたのは、おそらくその格好のせいだろう。
グレイのアンダーシャツと、黒のジャンプスーツ。肩の部分は黄色で、胸に通信徽章(コミュニケーターバッジ)がついている。
様々な人々が交錯する宇宙基地でも、そんな格好をした人物はそうめったにいない。

惑星連邦宇宙艦隊仕官。

地球を含む数千以上の惑星、有人コロニーが所属している、アルファ及びベータ宇宙域最大の連合組織、惑星連邦の、栄え抜きのエリートである。
彼の名前は、Joe Shimamura…彼の故郷風に言うならば、島村ジョー。
今年艦隊士官学校(アカデミー)を卒業したばかりの、新人仕官だった。
艦隊士官の制服は、肩の部分の色で所属がわかるようになっており、赤が総務…司令官や、パイロットなど。
青は医療部員で、黄色は保安部や、機関部・科学士官を意味する。
今日は、ジョーの初任務として、夢に見た宇宙船に乗り込むことが出来る日だった。
ジョーは、科学士官として、ブリッジのオペレーション勤務につくことが決まっていた。
「これが…U.S.S.ドルフィン号…」
呆けたようにジョーが呟いた。
ジョーの目の前には、美しい船が横たわっていた。

U.S.S.ドルフィン号。艦体ナンバー、NX-009。イントレピッド級。
全長360メートル、乗務員数135人。デッキ数、15。
最高ワープ速度、ワープ9.98…現在、艦隊最速。
バイオ神経回路による艦内ネットワーク…

頭の中に、何度も繰り返し読んで既に暗記してしまったドルフィン号の仕様を思い浮かべる。
優美な『彼女』の姿は、まさに宇宙と言う大洋を泳ぐ『イルカ』さながらだった。
NXナンバーとは、『試作艦』という意味で、まだ正式運用というわけではないのだが、それでも最新の技術の全てをつぎ込んで作られた、その堂々たる姿は、他に並ぶ艦隊正式艦と比べても全く引けを足らない。

強化ガラス越しに、ドルフィン号の優美な曲線をそっとなぞり、船に刻まれた『 NX-009 U.S.S.Dolphin 』の部分で手を止める。
頬が緩むのを止められない。
この船で、これからきっと始まるだろうあっと驚くような冒険を想像して、ジョーの胸の高鳴りは一向に収まりそうに無かった。




じっくりとドルフィン号を堪能してからふう、と一つ息をつき、ジョーはウィンドウから名残惜しげに手をはがした。
何時までも眺めていたいが、本当に何時までも眺めている訳にはいかない。
ジョーは、自分の胸につけた通信徽章を、ちらりと見た。
宇宙艦隊のマーク…角の取れた四角い、楕円に近い形の土台に、上向きの三角(デルタ)がついている。
連邦艦隊士官の証拠。僕は、これからこの船で、艦隊士官として働くんだ。
「よしっ!」
ジョーは、気合を軽く入れ、足元に置いたバッグを担ぎ上げると、いよいよドルフィン号に乗艦するため、踵を返し…

誰かとぶつかった。

「痛てえなぁ!」
だみごえが、下から飛んできた。
あわててぶつかった相手を見ると、なんと運の悪いことに、フェレンギだった。
フェレンギ。強欲で、商才に長けた種族だ。茶褐色の肌と、並外れて大きな耳と、ぎざぎざした歯、平均5フィート(150cm)くらいしかない低い身長が特徴。
アカデミーで、散々フェレンギの強引さと金に対する意地汚さには注意された。
やつらは、金のためなら、肉親ですら売り渡す(噂ではなく本当に!)というのだから、ジョーにとっては全くもって理解することすら不可能だ。
そのフェレンギが、今ジョーの目の前に、ワープコアすら暴走させそうな視線で仁王立ちになっていた。
「大事な商売道具がバラバラになっちまった。 落とし前はきっちりつけてくれるよなあ?」
言いながら、フェレンギが床を指差す。
床では、フェレンギが『商売道具』と呼んだのはこれだろう、なんだかよく分からない、ガラスっぽい材質の薄紫の丸っこい石が無残に割れていた。
ジョーの顔が真っ青になる。
「あ…あの…ゴメ…」
ごめんなさい、といいかけて、思わず口を噤んでしまった。
アカデミーで教官が口を酸っぱくしていっていた台詞が頭をよぎったからだ…曰く

『フェレンギに対して絶対に謝るな。やつらはここぞとばかりあることないこと責任を押し付けてくる。 もし、フェレンギと問題が起こったら、何も言わずに保安部を待て。いいか。  ”フェレンギには、気をつけろ” 』

「なんだよ。黙ってるなよ、艦隊さん。 口が聞けねえのか?」
「そんなこと無い!」
フェレンギの言い方が、あまりに馬鹿にしたものだったので、ジョーは思わず声を荒げた。
フェレンギはジョーの激昂した様子に悪びれることも無く、悲壮な声でとくとくと語り始めた。
「なんだ、話せんじゃないか… で、この割れたオーブ、弁償してくれんだろうな?
これは、この変じゃあ珍しいザマイストってえ石でできてるんだが、 これがまたえらく高価でな。やっとつい昨日手に入ったんだが…」
言葉を一寸切り、ちらりとジョーを見た。
「これから売って、利益を得ようって時にお前さんが割っちまった。 ああ、何てぇことだ。 実際、俺はこの石を買うために ラチナムの金塊(インゴット)を50本も費やした… いや、それ以外の費用も入れれば 金塊百本や二百本じゃあ到底収まらない。 諸々の費用と、俺の心の痛手を埋める謝罪金、 合わせてラチナム千本払ってもらってもまだ足りねえ…」
ジョーはフェレンギの台詞なんぞ途中から聞いていなかった。
頭にあったのはただ一言…『どうしよう』。
周りを見回しても、誰も助けてくれそうに無い。
当然だ…相手は、フェレンギ。
周りにいるのは、ごくごく普通の民間人。
そして、自分は、成り立てとはいえ艦隊士官。
「だがな」
いきなりフェレンギががらりと口調を変えたので、ジョーは思わずフェレンギの顔を見た。
どことなく嫌な笑い方をしていたが、優しげで誠実そうな声だった。
「まさかおれも、こんな若造にそんな大金払えなんていうほど鬼じゃない。 おれが前をきちんと見てなかったってのもあるしな。 そうだな…ラチナムの金貨、一万枚でどうだ? 艦隊士官なら払えない金額じゃないだろう?」
確かにそれなら、払えない金額じゃない…いまの貯金は消えるが、少し贅沢を我慢すれば、多分大した時間もかからずまた貯めることが出来る。
思わずジョーは、頷きかけてしまった。
「もちろん…」
払う、という言葉が口から出るより一瞬早く。

横から声が降ってきた。

「やあ、グーフェット。 また落としたのか?それ」

フェレンギが言葉に詰まったように横の人物をみた。
ジョーも、声がしたほうをみた。
背の高い、明るいジンジャーレッドの髪をした青年がにこやかな笑顔を浮かべて立っていた。
着ている服は、ジョーと同じ連邦艦隊士官のもの…ただし、肩の部分は赤だ。
それは何処となくしっくり来ない自分の制服姿と違って、彼の癖の強い髪と、派手な顔立ちにあつらえたようによく似合っていた。
「一昨日、ここに来たとたんに 自分で手を滑らせて落として割っちまったんだよなあ。
まあ、良いじゃないか。ただの色付きガラスだろ? 20クレジットも出せば、同じ大きさで本物のアメジストだって買えるぜ」
そういって、フェレンギの目を覗き込んだ…彼の背はかなり高く、フェレンギの背はかなり低いので、まるで大人が子供の顔を覗き込む動作に似ていた。
「で、こんなところで何やってたんだ?」
フェレンギは目を白黒させながら、やっと言葉をひねり出した。
「いや、なんと言うか、その、まあ、 おれがこいつにぶつかっちまって、 …そう、謝ってたところさ」
そういうと、床に散らかったままになっていた破片をあわてて掻き集め、そそくさと逃げ出すように立ち去った。
それを見送ると、今度は男の鳶色の瞳がこちらを振り返った。
「お前な。 フェレンギにゃ気をつけろってアカデミーで教わらなかったか?」
呆れたように男がため息を一つついて、がしがしと頭を乱暴に掻いた。
「そんなユルい面してりゃ、 どうぞカモって下さいってフェレンギに向かって 力いっぱい頼んでんのと同じことだぜ。 フェレンギなんかさっさと適当にあしらえよ。 それでなきゃ、とっとと保安部員でも呼べよ。
全く、オレがくるのが後一分でもおそけりゃお前、 身ぐるみ丸ごとはがされてここから放り出されてたとこだ。 フェレンギにカモられそうになってるのは 一体何処の箱入りお嬢さんかと思えば、 オレと同じ艦隊士官かよ…勘弁してくれよ、坊や
捲し立てるように言い募られ、ジョーは唖然と男を見た。
ゆるい面って、そんな顔してない、とか、フェレンギなんか『適当』にあしらうのは、専門家でも至難の業だ、とか、箱入りって何のことだよ、とか、第一『坊や』って君だって同じくらいの年じゃないか、とか、ああ、もしかしたらまず先に助けてくれてありがとうって御礼を言うべきなのか、とか。
とにかくジョーの頭の中には文章がざっと三十は浮いて消えて。

結局表に出てきたのは、引きつったような、曖昧な笑顔だけだった。




男は、ジェット・リンクと名乗った。
お互いに簡単な自己紹介をし、それで彼もドルフィン号の乗務員だということが分かり、乗艦するために二人で連れ立って通路を歩いていた。
「へえ、今年アカデミー出たてか」
ジェットがやっぱり、といったしたり顔でこくこくと頷いた。
「道理で何か頼りねえと思ったぜ」
それは、おそらく本人はジョーに聞こえないように小声で言ったつもりなのだろうが、いかんせんジョーの耳は、どうやら人より性能よく出来ているらしい。
が、聞こえたところで文句を言えるほど、ジョーは気が強くなく、結局ジョーは彼に曖昧な笑顔を再び見せただけに止めた。
「君は?」
「オレは今年二年目。 ま、まだまだ新人って言っても良いよな。
それに、今まで地上勤務だったから、 船に乗り込むのはこれが初めてだ」
それなのに、この落ち着き。
ジョーは、少々絶望しながら隣を歩く背の高いハンサムな青年を見上げた。
襟元の階級章は、自分と同じ少尉なのに、何故彼と自分はこんなに違うのだろう。
神様は何時だって不公平なものだ。
同じくらいの年齢の男に、まさか小さい女の子のように庇われるなんて、我ながら全くたいしたものだ。
身長だって、きっともうこれ以上高くなることは無い…
ジョーは、彼にはばれないようにこっそりため息をついた。

「U.S.S.ドルフィンにようこそ(ウェルカム・ア・ボート)」
ドルフィン号に乗り込むと、そこでにこやかな笑顔の士官に出迎えられた。
「どう致しまして」
にっこり、と人好きのする笑顔を見せるジェットに対して、ジョーは思わず照れと緊張で真赤になって、もごもごと何事か言おうとして…タイミングを逃した。
「オイオイ、そんな緊張してんなよ」
呆れたようにジョーと、その荷物を見やるジェット。
「お前、荷物置きに一度部屋に行くんだろ?」
「うん。ジェットは?」
「オレはこのまま搭乗手続きしに艦長室行くさ。
 ま、同じ船だ、縁があったらまた会おうぜ」
ひらひらと手を振り、ジェットはそのまま通路を真っ直ぐ進んでいき、ジョーはとりあえず荷物を置きに部屋に行くため、ターボリフトに乗り込んだ。
「第8デッキ」
ターボリフトは、乗り込んで、音声で行き先を告げるだけで、あっという間にそのデッキへと到達する。
しゅっ、と柔らかな音を立てて、リフトの扉が自動で開く。
そこには、青い肌の異星人が待っていて、ジョーが出ると乗り込んでいった。
様々な異星人と、同じ場所で寝起きし、協力し合って仕事をする。
そんなあたりまえの事を、再確認して、ジョーはなんだかくすぐったくなった。

荷物を部屋の真ん中におき、先に届いていたペットの様子を確認して(しっかり元気でジョーは安心した)ジョーは乗艦手続きをするため、艦長室の前に立っていた。
ベルを鳴らす。
「入りたまえ」
中から応えが聞こえ、ドアが開いた。
ジョーは一歩入ろうとして…目が思わず点になった。
部屋の中は、床、ソファ、机の上問わず、おそらく出発前の最終確認用だろうデータパッドが散乱していた。
一番奥の机の向こうに、艦長と思しき禿頭の男が座っており、副長だろうか、銀髪の青年がこちらは机の前にやや機嫌の悪そうな顔で立っていた。
その隣に、医療部の青い制服を着た金髪の少女…階級章を見ると、中尉だった。
「それでは、これで失礼します」
金髪の中尉が、一礼をして出て行こうとする。
「ああ、アルヌール中尉、医療室に行くならこれも持っていってくれたまえ」
艦長がデータパッドをどさりと手渡す。
アルヌール中尉、と呼ばれた女性の顔が一瞬引きつったものの、即座に表情を繕って完璧な笑顔を保って出て行った。
ジョーはそれを見送ってから、散乱したデータパッドを踏みつけないように注意しながらぎくしゃくと机の前に進み、銀髪の中佐の左側で直立不動の姿勢をつくった。
「ジ、ジョー・シマムラ少尉、です。 只今、乗艦しました」
自分でも緊張でかちこちになっているのがはっきり分かる。
今の台詞は、はっきり言えただろうか。
我知らず、顔が火照ってくる。
艦長と、銀髪の男は顔を見合わせ、銀髪の方が幾分先ほどより柔らかな表情で語りかけた。
「ドルフィン号へようこそ。 …そんなに固くならなくてもいい」
「我輩が、ドルフィン号艦長のグレート・ブリテン。 こちらが副長のアルベルト・ハインリヒだ。
君が、新人のブリッジ担当少尉だね」
艦長のブリテンが後を引き取って、ジョーに語りかける。
ジョーが、返答した。
「イ…イエス、サー!」
『サー』の部分が、緊張でひっくり返ってしまった。
ブリテンは、笑いをこらえるのに必死になり、ハインリヒはジョーの頭にぽん、と手を置いて髪の毛をくしゃくしゃっとしてやりたい衝動と闘うため、手を握りこんだ。

そのとき。

キチ、とかすかな金属音がした。
ジョーがその音源が何かを考える前に、ブリテンが口を開いた。
「『サー』ではなく、『艦長(キャプテン)』と呼んではくれまいか。 どうも、『サー』と呼ばれるのは苦手でね」
言って、つるり、とした頭を照れくさげに掻く。
艦長の、そんな気さくな雰囲気に、漸くジョーの緊張がほんの少しほぐれた。
「は…はい、艦長」
ジョーがほっと、息をつく。
それを見て、副長のハインリヒが言った。
「ブリッジにまだ行ってないんだろう? 行って、自分の担当部署を見てみるか?」
「は…はい、是非!」
ジョーに尻尾が有ったら、思いっきりちぎれんばかりに振っていることだろう。
容易にそんな様が想像できて、ハインリヒはおかしくなった。
「副長、手伝ってはくれないのか?」
ブリテンが何処となく情けない声で聞く。
「出発間際まで溜めこんでおくほうが悪いんです」
ハインリヒは容赦なくぴしゃりといった。
ブリテンが息を吐く。
「シマムラ少尉、君はまだ若いからよくわからんかもしれんが… 時間というものは、えてして移ろいやすく、残酷だ」
「はい?」
ジョーが、きょとん、と返事をする。
ブリテンが悲壮な声でちらりとハインリヒを見てから言う。
「今は十時だ。 一時間前は九時だった。 …一時間後には十一時になろう。
かくのごとく我々は時々刻々と熟していき―― しかして時々刻々と腐ってゆく。
…手伝いくらいしても罰くらい当たらんだろうに…」
「なら腐りきる前に仕事を終えてください。 …ギリギリになるまでほっとくから、罰が当たったんでしょう」
シェークスピアを引用して、大げさに嘆くブリテンに、うんざりしたようにハインリヒが冷ややかにつっこむ。
ブリテンは、一寸唇を突き出し、ジョーに向かって肩を軽くすくめて見せてデータパッドの山に戻った。
ハインリヒはジョーに振り返ると、今度はうって変わって穏やかな声をかけた。
「じゃあ、行ってみるか」
そのとき、ジョーは初めて、ハインリヒの瞳と右手が、普通の人ではありえないのに気付いた。
淡いブルーの瞳は、人工的にきらきら光るガラス質のもので覆われていた。
そして、右手。
漸く、ジョーは先ほどの金属の擦れ合うような音の原因を知った。

ハインリヒの右手は、グロテスクな鉛色をした金属のようなものに覆われていた。

思わず、ぽかんと凝視してしまうジョー。
ハインリヒはそれに気付き、さりげなくジョーの視線から右手を隠し、先に立った。
「…こっちだ」
気分を害してしまったが、とジョーは慌てたが、その前にハインリヒが自ら口を開いた。
「気になるか?」
揶揄するように、ハインリヒの唇がかすかに上がり、右手をひらひらさせる。
ジョーは、ぶんぶんと頭を振った。
「い…いえ、そんなこと無いです!」
それを見て、ハインリヒはくっくっとかすかな笑い声を立てた。
「まあ、そのうち嫌でも知らされることになるだろうさ」

そうは言われても、それは知るべきなのか、知らない方がいいことなのか、今のジョーにはさっぱり判断出来かねなかった。




しゅっ、と柔らかな音を立てて、ブリッジに繋がるドアーが開く。
「ここが、ブリッジ。 君の担当部署である、オペレーションコンソールはここだ」
ハインリヒが説明する。ジョーはブリッジをぐるり、と見回した。
ドアーを出て、すぐ左手が、自分の部署。
今はまだ、代わりの士官がついている。
反対側、右手は、保安コンソール。
そこには、大柄な、褐色の肌の、顔に入れ墨をした士官がついていた。
ジョーを見て、軽く会釈する。
「彼は、ジェロニモ・jr.少佐。 保安部長だ。
その向こうは、機関部コンソール。 機関部に問題が起こって、人間の立ち入りが出来なくなったとき、 ここに指揮権を移すことが出来るが、普段はあまり使われないな。
それから、正面が、パイロット席。 今ついているのが…」
ハインリヒの説明に合わせたように、パイロット席についていた士官がこちらをくるり、と振り返り、ハインリヒの説明を引き継いだ。
「ジェット・リンク少尉様。 このU.S.S.ドルフィン号の主任パイロットさ」
ニヤリ、とジェットがジョーに笑いかけた。
「Hey、また会ったな、坊や」
ジョーは目をぱちくりさせた。
「…結構すぐ会ったね…」
「知り合いか?」
ハインリヒが聞いたのに、ジェットがしれっと答えた。
「ま、ここにくる前に一寸したことで知り合いまして」
「そうか。 少尉…代わるか?」
ハインリヒは有りがたいことにそれ以上はつっこまず(つっこまれていたら、ジョーの情けない行動がばれるところだった!)ジョーに向かって、オペレーションコンソールを指差した。
ジョーは、元気よく答えた。
「イエス、サー!」
ジョーの返答を聞いて、ハインリヒが、苦笑した。
「『副長』と呼んでくれ… 俺も、『サー』と呼ばれるのは苦手でね」

「月面基地から通信が入っております」
ブリテンが、漸く最終確認を済ませ、ブリッジに出てきたとき、丁度タイミングよく通信が入った。
初仕事だ。
ジョーは通信を受け取り、発信源を確定。安全なものであると確認してから、報告した。
わずかに声が震えたが、その動作にはまったくよどみはない。
「スクリ−ンに出してくれ」
艦長の命令に従い、ジョーがさらにコンソールを操作する。
正面の巨大なスクリーンに、白髪の老提督がパッと映った。
「ギルモア提督」
ブリテンが呼びかける。
ギルモア、と呼ばれた提督は、あごひげをなでながら、親しげに語りかけた。
『もうすぐ出発じゃな、ブリテン艦長。 船の具合はどうかね』
「もちろん、これ異常ないくらい完璧ですとも」
ブリテンがにこやかに応対する。
ギルモアの笑顔がますます深くなった。
手揉みをせんばかりにぐい、と通信スクリーンのほうに身を乗り出す。
『そうじゃろうて、何しろ我が連邦艦隊の 最新技術の全てをつぎ込んだ最新鋭艦じゃからな。
全く、試作艦というのが惜しいくらいじゃ。
このまますぐに最前線に配備したいもんだが、 今回は月面基地からDS9(ディープスペースナイン)基地への二週間の旅じゃ、 まあ、腕慣らし、といったとこかの』
「それは何の腕慣らしですか? ドルフィン号?
それとも…オレ?」
ニヤリ、とジェットが不適に笑う。
ギルモアも、それに答えるようにジェットに視線を合わせ、微笑った。
『もちろん、両方じゃよ… それでは、DS9基地でな。
よい航海を!』
そういって、通信は切れた。こちらも通信回路を閉じる。
正面のスクリーンには、再びドッグ内部と、その向こうの宇宙が広がった。

「さて」
言って、ブリテンがブリッジクルーを見渡す。
「それでは、いよいよ我がドルフィン号の処女航海だ。 皆の衆、準備はよいかな」
「もっちろん! 早く飛びたくてうずうずしてるぜ!」
ジェットが待ちきれない、とばかりに指をぱきぱき鳴らす。
ハインリヒが、機関部との通信を開いた。
「機関部、準備は良いか?」
『はい、副長。全て良好です』
機関部からの通信が返り、それにブリテンが一つ頷いた。
「よし…リンク少尉、コースセット。
コース1−2−1、マーク3。 通常速度二分の一」
「セット完了」
「基地より発進許可がおりました」
ジェットが報告し、それに続けて緊張で些か大きくなったジョーの声が聞こえた。
ブリテンが、真っ直ぐ正面を見る。進路を指し示すように、スクリーンに向かって指先を向けた。
「…発進」
ドルフィン号に、たちまち息が吹き込まれる。
優雅に、滑らかに『彼女』は泳ぎはじめた。
ドッグを抜け、正面の巨大なスクリーンの向こうに、さらに巨大な遥かなる宇宙空間がいっぱいに広がる。
藍い闇が広がる宇宙(そら)に、大小の星が様々な色にきらめき、星雲や宇宙塵はその星々の光を受け、幽玄にたゆとう。

ジョーは、胸いっぱいに息を吸い込み、

いまのこの素晴らしい高揚感を逃すまいと、そっと息を吐いた。




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ひめさんの書き方がとても外国の小説チックなので、 STAR TREK を意識してのことかと思っていましたが無意識だそうです。
流石っつーかなんつーか。

小説の中で太字がありますが、 本場スタトレ小説邦版なら点のルビ、原文ならイタリック体になるところですね。
でも、web上ではどちらも見難くなるのでハリーポッター邦版を参考に太字にしました。

さとて。伏線はいくつでしょう。数えたことないです。

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