#2-1 Dicrepancy Disposition   完璧な不協和音


「ジョー!」
ジョーの今日の任務時間が終わり、一息入れようとラウンジに向かおうとしたとき、後ろから声が追いかけてきた。
「任務終わりだろ?一緒に飯食おうぜ」
ジェットが、言いながら横に並んだ。
ジョーは、ジェットに笑いかけた。
「ジェットも終わりなんだ」
ジェットが、なぜか溜息を一つつきながらぼやき始めた。
「おう、全くあのおっさんの目からとっとと逃げたしたいのなんのって…」
おっさん?
今のはジョーの声ではない。
ジョーは少し青ざめながら後ろをふりかえった。
ジェットはそれに気付かず続ける。
「そりゃもちろん、銀髪のおっさんだよ。一人しかいねーだろ、ブリッジにそんなやつ。っていうかアレ、銀髪って言うより白髪じゃ無いのか。いちいち細かいことばっか気にしてっから色素抜けたんだぜ、絶対。
あんにゃろ、おれがなんか問題起こすんじゃねーかとばかりにいちいち睨み効かせてきやがって」
「そうだったか?」
この台詞もジョーの台詞ではない。
…断じて、ジョーは何も言ってない。
「そうだぜ!
 第一、あの薄気味わりい爬虫類っぽい目がどーにもいけすかねえ。裏でなんか悪いことやってそうだよな」
「…それはお前だろ?」
「あー?何だってェ?
この俺様は品行方正で有名…って、ふ、副長?!」
ジョーは思わず吹き出した。
固まるジェット。ぎぎぃっと首をめぐらせると、ハインリヒがジェットの後ろに仁王立ちになっていた。
ニヤリ、と壮絶な笑顔を見せるハインリヒ。
「俺もこれで任務時間が終わりでね。で、何処の誰が品行方正で有名なんだ?」
「あ…あの、何時から居らっしゃったのでしょうか…?」
ジェットが、おろおろと馬鹿丁寧な口調で返事をする。
「ジョーの、『ジェットも終わりなんだ』のあたりからだな」
しれっと答えるハインリヒ。
「目つきが悪いのは元からだし、髪の毛の色も生まれつきだ。上司の噂をするのは結構だが、本人に聞こえないところでやることだな。…分かったな?」
ハインリヒは、笑顔だった。
完璧な、笑顔だった。
…ただし、目が笑っていなかった。
こくこくと、高速で頷くジェット。
「い…イエス、サー!」
それを見て満足げにハインリヒは頷くと、そのまますたすたとターボリフトに乗り込んでいった。
「あー…怖かった…同化されるかと思った…」
「同化?」
ほっと胸をなでおろしたジェットの台詞に聞きなれない単語を見て、ジョーは首をかしげる。
ジェットが、ようやく体の硬直をといてジョーの方に向き直る。
「…ハインリヒ副長のこと、しらねえの?
あのおっさん、元ボーグなんだよ…ボーグは知ってるだろ?」
言われて、アカデミーで習ったことを頭の奥から引っ張りだすジョー。
「え…っと、たしか機械を体内に埋め込んでいるハイブリッド生命体。
本来の活動域は、デルタ宇宙域。特殊なネットワークを体内に持ち、個々の意思は統制、抑圧されており、常に一人称は『我々』。
様々な種族の文化、技術をその人間ごと同化、吸収する。同化された人間は、ボーグとして活動。
同化された種族の数は数千に上ると予想され、何回か艦隊宇宙域にも出現。
最初のボーグとの遭遇は、宇宙歴42761。接触のみで終わる。宇宙歴43989、ボーグ第一次太陽系侵攻。通称ウルフ359の戦い。このときは、ジャン=リュック・ピカード大佐率いるエンタープライズ号の活躍により、ボーグから逃れることが出来…」
まだまだ続きそうなジョーのボーグの説明を片手を振って遮るジェット。
「あー、まあ、そのボーグだ。俺も別に詳しく知ってるわけじゃないが、その十年前の戦闘で、ボーグに攫われちまったらしくてな」
「…ハインリヒ副長はボーグなの?」
ジョーが恐る恐る、といったふうに質問する。
アカデミーで、散々ボーグの脅威について講義を受けた。
個々の意思、即ち個人の考えや、感情、生きてきた過去。
それら全てが、一つの集合意識にむりやりに飲み込まれ、蹂躙され、ただひたすら他の種族を同化するだけの為に活動(いき)る。
多用な価値観を尊び、様々な可能性を追求することを目的とする艦隊の目標とは全く正反対の恐ろしい存在。
ジョーの頭の中に、無数の無表情なハインリヒが、働き蟻のように行進する姿が浮かんだ。
ぱたぱたと手を振るジェット。
「ちっげーよ。『元』ボーグだっつっただろ。今は、ふつーの口うるせえおっさんさ。
ボーグのメカは、残ってるけどな。…ところでお前、百科事典みてえなやつだな」

だが、全ての人が、ジェットのようにハインリヒのことを『ふつーのおっさん』と思っているわけではないようだった。
そのことを、ジョーは数日の内に痛感することとなる。




航海を始めて、今日で三日目。
初日の緊張もだいぶほぐれ、ジョーには漸く回りを見回す余裕が出てきた。
そこで、見え隠れする些細な違和感…新学期が始まった時の教室のような遠慮がちな照れくささの中に、わずかだが確実にある、強烈な悪意。

それは。

「お、何だジョー、お前ずいぶん上機嫌だな」
「えへへ…」
ラウンジで一人で食事をしていたジョーの前に、ジェットともう一人。機関部の主任である、ピュンマ大尉だった。
彼は、わずか22歳にしていくつもの博士号を取っている、天才の誉れも高い腕利きの機関部士官だ。
鼻歌でも歌い出しかね無いジョーに、ジェットが不思議そうな視線を向ける。
照れくさげにジョーが告白する。
「さっきね、副長に一寸誉められたんだ。飲み込みが早いって」
「へえ。そりゃあよかったな。オレは今日は副長(おっさん)がブリッジにいなくて清々したけどな」
言いながら、ジェットがジョーの前の席に、ピュンマはそのとなりに座る。
ピュンマが、ジョーをみながら言った。
「でも本当に飲み込み早いよ。さすが、アカデミーでトップだったことはあるね」
今日のジョーの仕事は、機関部での作業だった。ハインリヒも、同様。
少し複雑な作業があり、ジョーは少し戸惑ったのだが、ハインリヒが手助けしてくれたお陰で、難無くこなすことが出来た。
助太刀があったとはいえ、慣れたものでもなかなか難しい作業を、あっさりこなしたジョーの手腕にピュンマは内心舌を巻いていた。
「へえ?お前、アカデミーでトップだったのか?」
ジェットが、心底意外だ、という顔でジョーをまじまじと見る。
無遠慮に見つめられてジョーは少し居心地が悪くなった。
やや腰の引けたジョーに構わず、ジェットは言葉を繋ぐ。
「ぽやーっとしてるから、てんでそうは見えないけどな…人は見かけによらねえってのは、全くこのことってか…」
ピュンマも、同意する。
「そうだよねえぼく、最初ジョーを見たとき小学生が紛れ込んだのかと思ったよ」
思わずふくれるジョー(そりゃ確かに僕は人より一寸幼く見えるけど、小学生とは酷いじゃないか)を一向に気にせず、ピュンマの台詞に大きく頷くジェット。
「あー、分かる分かる。オレなんかも最初何処の箱入りお嬢さんかと思ったもんな。
 オレと初めて会った時のこいつ、フェレンギにとっ捕まってて泣きべそかいてたんだぜ」
泣いてない、泣いてない。
ジョーがジェットの不当な台詞に抗議しようと口を開きかけたとき、後ろの方のテーブルの会話が聞こえた。

「信じらんねえよ、ボーグだぜ」

ジョーのみならず、ジェットも、ピュンマも思わず口を閉じた。
三人はそっと、後ろのテーブルに気付かれないように視線を送る。
三人が座っているテーブルから少し離れた、ラウンジの中央付近のテーブルで、下級士官が何人か座っているのが見えた。
「ハインリヒ副長、見たか?」
「おう、なーんか薄気味わりィおっさんだよな。あんなのが副長?ロボットの方がまだマシじぇねえ?」
5、6人の下級士官たちが、テーブルで食事をつつきながら、歓談していた。
それだけならば大したこと無い、よくある光景の一つだが、その会話の内容は、悪意に満ち満ちていた。
その中の一人、准尉の階級章をつけた男が、ふと思い出したように言った。
「そうそう、オレさ、今日仕事んとき、たまたま副長の腕に手が触れたんだけどさ」
ここで、一寸彼は声を落としたが、その口調ににじむ悪意は、ますます増えていた。
「すんげー冷てぇの。
『元』ボーグとか言ってるけど、ありゃ普通の人間の体温じゃねえぞ。何時ボーグに戻ったっておかしくねえよ。っていうか、今でもボーグなんじゃないか?
俺たちを同化しようとこっそり隙をうかがってるんだぜ、きっと。そのうち、お仲間をわんさと呼んでくるんだぜ」

ガタンッ!

「てめえ、何言ってやがる?!」
「ジェット?」
ジェットが、テーブルを踏み越え、後ろの士官の胸倉を引っつかむ。
勢いで、椅子が倒れた。
あまりの早業にとめる間もなかったピュンマの手がむなしく宙を泳ぐ。
胸をつかまれた士官が、ニヤリ、と嫌な笑みを見せた。
「はっ、本当のことだろう…あんな『機械』が俺たちの上司だってことに腹が立つ!俺たちはロボットにこき使われてるってことなんだぜ!」
ギリ、とジェットが歯噛みする。
「ジョー、ピュンマ…止めんなよ」
そうジェットが言うか早いか。
ジェットの右手が、士官の顎に飛んだ。
吹っ飛ぶ士官。
「ジェット!」
ピュンマが非難の声をあげる。

が。

ピュンマの声と同時に、吹っ飛ばされていた士官と一緒に話していたもう一人の士官の腹に、ジョーの蹴りが綺麗に決まっていた。
「ジョーまで!士官同士のケンカはご法度だろ!」
ああ、もう、とばかりにピュンマが嘆く。
ピュンマに、すまなそうな表情を見せるジョー。
「ごめん…でも、赦せなくって…気付いたら足が勝手に飛んでた」
ジェットに飛ばされた准尉が、漸う起き上がる。
口の中を切ったのか、唇に血がにじんでいた。
憎悪の目付きで、ジェットを見る。
「てめえ、ボーグを庇いだてするってのか?あんなクソ以下の奴、俺たちと一緒の空気を吸う価値もありゃしねえだろ!」

次の瞬間。

男は再び床に這いつくばっていた。
ピュンマの右ストレートが決まったのだ。
ジョーが驚きの表情でピュンマを見る。
「オイオイ…士官同士のケンカはご法度じゃなかったのか?」
ジェットまで、呆然とピュンマと、ピュンマがノックアウトした男とを交互に見やる。
ピュンマが、にっと笑った。
「ごめん…でも赦せなくって。気付いたら手が勝手に飛んでた」
笑っているものの、その目には憤怒の表情がある。
流石に今のはピュンマも腹に据えかねたらしい。
「てめえら…よくもやってくれたな!」
ハインリヒの噂をしていた男達が、色目立つ。

そして、ラウンジで乱闘が始まった。



そして乱闘は、唐突に終わった。

ラウンジにいたほかの士官が、保安部員を呼んだのだ。
保安部長である、ジェロニモ少佐の一喝で、その場にいた全ての人間の動きが止まった。
ジェットは、男の腕を掴み、ピュンマは、二人に取り押さえられたのをおもいっきり振り払ったところ。
そして、ジョーは丁度男を殴り飛ばしたところだった。
静まり返ったラウンジに、男が倒れる音が、妙に大きく響いた。

ジェロニモが、やや苦い顔で、その場を見回す。
「…この乱闘に参加したものは、全員前に出ろ」
お互い顔を見合わせ…ジョーたち3人が前に進み出た。
それから、途中で乱闘に巻き込まれ、あるいは自分から参加したもの達。その数、約20人。
どうやら、結局ラウンジにいた半数以上の人間が、乱闘に参加していたらしい。
因みに乱闘の原因になった、ハインリヒの噂をしていた男たちは、全員ジョー達3人に完膚なきまでにのされてしまっていたため、立ち上がることすら出来ないでいた。
ジェロニモが、倒れているもの達を医療室に運ばせるよう指示をする。
それから、ジョーたち三人を見て―三人ともぼろぼろだった― 一言、言った。
「お前たち、まず医療室へ行け」

医療室では、既に連絡を受けていたのか、ヴァルカン星人のドクターとその助手が待ち構えていた。
ドクターは、ちらりと三人を見ただけで何も言わず、助手に三人の手当てを任せ、自分は先に運ばれていた怪我人の治療に当たっていた。
ジョーたちの手当てを任された助手は、ジョーが始めて乗艦した日、艦長室で出会ったあの金髪の中尉だった。
「アルヌール中尉…ですよね」
「そうよ…どこかであったかしら?」
首をかしげる中尉。アッシュブロンドの髪が、さらりと肩口で揺れる。
ジョーが、初めて乗艦したときに艦長室で会いました、というのにかぶって、ジェットが興味津々、というふうに聞いてきた(彼は殴られて出した鼻血がまだ止まっておらず、かなり間の抜けた顔に見えた)。
「お、お前こんな美人と知り合いか?何時の間に…や、何でも無いです」
彼女のきつい視線に射すくめられ、ジェットは沈黙した。
はあ、と深いため息をつく中尉。
「それはともかくとして。全く…あなたたち、何を考えてるの?」
きり、と彼女のまなじりが上がる。
「リンク少尉!あなたが殴った、ウィル・ボーレス准尉は鼻骨と前歯を三本おったのよ?」
「確かにオレが最初にやつを殴ったが、止めさしたのはピュンマだぜ」
やや小声で、ぼそぼそと異議を唱えるジェット。
「そう、そうよ!ピュンマ大尉も!
こういうことになったとき、あなたが止めるべき立場でしょう?それなのに一緒になって殴り合ってどうするのよ!」
やぶへび、とばかりに首をすくめるピュンマ。
さらに言い募ろうと、中尉の口が大きく開いたそのとき。
「とりあえず、そのくらいにしてくれないかい、マドモアゼル・フランソワーズ・アルヌール?」
ジョーたちにとって、誠にありがたいタイミングで、ブリテンとハインリヒが揃って医療室にやってきた。
艦長に思いがけなくフルネームで呼ばれ、思わず口を閉じるフランソワーズ。
柔らかく微笑むブリテン。
「彼らの怪我の具合は?」
即座に頭を切り替え、そっけなく報告する彼女。
「大したことありません」
「まあ…確かにな」
ハインリヒが、ジョーたちを見ながら頷いた。
ジョーたちは、喧嘩の所為で髪はぼさぼさ、所々に痣や引っかき傷、かすり傷などが出来ていたものの、彼らがのした面々に比べれば、よっぽど軽症だった。
「他の者たちは、奥のほうかね?」
ブリテンの問いに、つん、としたまま答えるフランソワーズ。
「えぇ、奥でドクターが処置してます。全員軽い傷ですから、すぐ直ります」
軽く笑いながらブリテンは頷き、彼らに処罰を伝えるために、奥の方へ行った。
後に残されたジョーたち三人と、フランソワーズ、ハインリヒはお互いしばらく口を利かなかった。
治療用の器具が動作するハム音だけが、低く響いていた。

「…で、聞きたいんだが」
漸く治療が済み、フランソワーズが医療器具を片付けようとしたところで、ハインリヒが口を開いた。
「喧嘩の原因は?」
ジョー、ジェット、ピュンマの順にハインリヒが視線を移動させる。
ジョーは俯き、ジェットはそっぽを向き、ピュンマは視線をそらしただけで前を向いてはいたが、その黒い顔からは何の表情も読み取れなかった。
「黙ってちゃ分からん。ガキじゃないんだ、原因くらい覚えてるだろう」
「別に…むかついたからだよ」
ジェットが、そっぽを向いたままぽつりと言う。
「別にって事はないだろう。何故むかついたのか、というのを聞いているんだ」
ハインリヒが畳み掛けるように詰問するが、ジェットはそれっきりむっつりと黙ったままだった。
ジョーは俯きっぱなし、ピュンマの口もまた、貝の如し。
ハインリヒが呆れたように首を振る。
そこへ、ブリテンが戻ってきた。
フランソワーズが、じれたように問い掛ける。
「『むかついたから』って…あなたたちはアカデミーで、腹の立つ相手は殴れと教わったの?」
「正義を無視しろとは教わらなかったぜ」
ジェットの返答に、思わずお互い顔を見合わせるフランソワーズとハインリヒ。
ブリテンが、一つ息をはいて、ハインリヒに向かっていった。
「やれやれ…すまんが副長、彼らと話をしたい。先にブリッジに戻っていてくれるか」
不承不承頷くハインリヒ。顔には、大きく『納得出来ない』と出ていたのだが。
「了解」
そう唸るようにいうと、ハインリヒは医療室を出て行った。
席を外そうとするフランソワーズに対しては、ブリテンは身振りでそこにいるように指示をした。
ブリテンの背後に控えるフランソワーズ。
「さて…」
ブリテンが、ジョーたち三人に真っ直ぐ向き直る。
「喧嘩の原因は、何かね?」
相変わらずそっぽを向きつづける3人。
やれやれ、とばかりにつるりとした頭を撫でるブリテン。
「全く、誰も彼も口をつぐみおって。原因を当てて見せようか…ハインリヒ副長のことだろう」
思わず、はじかれたようにブリテンを見るジョーたち。
フランソワーズは、ブリテンより一歩後ろの位置で、苦い表情を作っていた。
「やぱりか。どうも、彼らと話していてそんな気がしたのだが…」
「何で…分かったんですか?」
おずおずと発言するピュンマ。
「三人とも、副長に対してどうも遠慮がちにしていたからね。言うべきか、言わざるべきか。それが問題だ。
規則から言えば、報告しなくてはいけないが、まさか本人の目の前で『副長がボーグといわれたことに対して、腹が立ちました』と正直に言うのも気が引ける…といったところかな」
ため息をつくブリテン。
「…だって、許せなかったんだ…」
漸くポツリとジョーが口を開く。
「あいつら、ハインリヒ副長のこと、心の無い、機械(ロボット)と同じだって言ったんだ。僕らと同じ空気を吸う価値もない、クソ以下だって」
ジョーが彼らの台詞をそのままなぞる。
その中に含まれていた、スラング表現にブリテンの眉がぴくりと上がる。
「だから、どうしても、許せなくなって……ごめんなさい」
ジョーが素直に頭を下げる。
それは、喧嘩をしたこと、殴った相手に対してではなく、規則を破ったことに対しての謝罪。
ピュンマと、ジェットも顔を見合わせ…
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
同時に、頭を下げた。
ふう、とブリテンが、息を吐く。
三人は顔を上げ、目の前に立つ艦長を見た。
「まあ、原因が原因だし、とりあえず、不問に処するが…規則は、規則だ。罰は受けてもらうぞ。
三人とも、明日はダブルシフトで働くこと。…いいな?」

問答無用で倍の勤務時間働けといわれても、もちろん、三人に否といえる筈は無かった。



ジョーたち三人が出て行ってから、ブリテンがフランソワーズに向き直った。
「アルヌール中尉、一寸いいかな」
少し、声を潜める。
「あの、ボーレス准尉のことなんだがね。彼は、十年程前のボーグとの戦いのとき、実際その場にいたそうなんだよ。
 …報告書にはあまり詳しいことが載っていなかった。カウンセラーとして、少し働いてくれんかね」
フランソワーズは、医療助手だけでなく、長い航海には付き物のストレスや、人間関係に関しての悩み相談を行う、カウンセラーもしていた。
まだ若いが、その能力の高さは、ブリテンもよく知っていた。
「分かりました。彼に聞いてみます。
任せてください」
安心させるようににっこりと頼もしく笑うフランソワーズ。
だが、それに対してブリテンは、深くため息をついた。
「本当に、頼むよ。全く、航海三日目にしてもうこんなに問題がでるとはな。最も、遅かれ早かれいつかは出たろうことではあるがね。正義感が強いというのも結構だが、強すぎるとどうしても、な。
彼ら三人も、全く、リンク少尉は…まあ、色々あるが、シマムラ少尉のほうは、アカデミーからは穏やかな人物だと聞いているし、ピュンマ大尉も、冷静なことで有名のはずなんだが」
「三人ともまだまだ若い盛りってことですか?」
フランソワーズが顎に手を当てながら首をかしげる。
ブリテンは軽く首を振った。
「『若さ』は大切だよ。だがね、『幼い』と『若い』というのは違う。
彼らの行動は、『幼かった』。
きちんと分別をわきまえているなら、例え年若かろうと、腹が立っていても、言葉で相手に伝えることが出来る。腹が立ったからといって、言葉より先に手が出るというのは、外見がどんなに立派な大人に見えても、実際の中身は三歳児と同じ。
心が成長しきれていない証拠だな」
 「…そういう激情を吐露する機会が無かった、つまりそれだけ人間関係に問題がなかった、という風にも取れませんか?
 もしくは今までそこまで激昂するだけ他人と関ったことが無かった、という考えも出来ますわね」
フランソワーズの科白に溜息を吐きながら頷くブリテン。
「そういうことになるかね。ともあれ、これまで何年も生きてきて、一度も、全く怒ったことが無い、というのは我輩に言わせて貰えば、ある意味で『異常』だよ。
 特にシマムラ少尉は、アカデミー以前の、小学校や中学校なんかのどの報告を見ても、いつでも穏やかで、クラスの皆と仲良くやっている、と書いてある。
 『常に』クラスメート『全員』と上手くやれる…なんてことがあるかね?」
「ありませんね」
断言するフランソワーズ。
「これは、意外と問題児を抱え込んでしまったのかもしれんな。
当面の問題は、副長のことくらいかと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい」
ブリテンは深く息を吐いた。
「艦長、さっきから溜息ばかりついてますよ」
フランソワーズが苦笑しながら指摘する。
ブリテンは、もう一つため息をついて、つるりと頭を撫でた。
「こう問題が山積みだと、溜息の一つや二つや三つ、吐きたくもなるさ。いやはや、一生分の溜息をついた気分だよ…」

ふと、気付いたようにフランソワーズが尋ねる。
「ところで、リンク少尉は色々あるって…なんですか?」
ひょい、と肩をすくめるブリテン。
「あまりにありすぎて、我輩からは言えんよ」



「あー…もう二度と、ぜってー、ダブルシフトなんて、金輪際やりたかねー!!」
ジェットが嘆く。
ジョーと、ピュンマは、それに無言で同意する…もっとも、何か言おうにも、疲れすぎて口を開くことすら億劫だったのだが。
文句を言うジェットの声も、何時に無く生彩を欠いていた。
ジョー、ジェット、ピュンマの三人は喧嘩の罰則として、ダブルシフトの連続勤務を言いつけられた。
三人は、大人しく任務をこなし、つい先ほど漸く地獄の勤務時間が終了した所だった。
幽鬼のようにふらふらと通路を行く三人を見て、すれ違う人はギョッと振り返る。
「…ご飯…どうする…?」
ジョーが、今にも倒れそうになりながら、ぼんやりと聞く。
目の下に隈がくっきりと浮き出ていた。
「昨日の今日で、ラウンジに行くのもなんか嫌だよね…」
ピュンマの声も、まるで幽霊が喋っているかのごとく、頼りないものだった。
彼のつややかな黒檀色の肌も、今は全く張りが感じられない。
「っつーか、疲れすぎて飯食う気力ねえよ」
「あー…それも確かにね…」
ジェットに、ピュンマが同意する。
「…僕の部屋に、地球産のコーヒー豆があるよ。皆で飲まない?」
「お、いいな。
 豆から入れるコーヒーはやっぱ格別だぜ」
「一息入れるのには丁度いいね」
ジョーの提案に、二人とも、一も二も無く頷くと、三人連れ立ってふらふらとジョーの部屋と向かった。

「どうぞ、入って」
ジョーがにこやかに、部屋の中に友人二人を招きいれる。
が。
「…入ってとか言われても…」
「入りづらいぜ、こりゃ…」
ピュンマが唖然とし、ジェットも呆然と部屋の中を見回す。
ジョーの部屋は、何と言うか…
無理矢理一言で表すならば、

『異様』

だった。
士官に与えられる、居住スペースは、その階級により広さや、居住人数などに違いがある。
例えば、一般隊員は、通常四人部屋で、バス・トイレは共同である。
下級士官は二人部屋であり、バス・トイレ、及び小さなキッチンが各部屋に付くが、部屋自体の広さは、一般の隊員とそう代わりはない。
少尉以上の、上級士官になると、個室がもらえ、少し広い部屋になるのだが。
「なあ…ここ、こんなに狭かったか…?」
「うーん…最初もっと広かったような気がするけど、荷物入れたらなんか狭くなっちゃった」
ジェットの疑問に、ジョーがおっとりと、コーヒー豆を挽きながら答える。
もちろん、狭くなったのではなく、狭く感じるだけなのは分かる。
分かるが。
その狭く感じる原因が、部屋の壁いっぱいにかけられた、異様なポスターのようなものや、机の上、サイドボードの上、本棚問わずそこかしこに置かれた変に極彩色な置物。
そして、部屋に入って真正面に置かれた、人もすっぽり入りそうな大きな四つの壷だとしたら。
「…この壁のポスター外して、そこの壷捨てりゃ広くなるぜ、きっと…」
四方八方からの圧迫感に、ジェットが心もとなさげに言う。
それに対するジョーの答えは。
「やだ」
一言だった。
「まあ、ジョーがいいなら、別に何もいえないけどねぇ…」
ピュンマとジェットが顔を見合わせる。
そんな二人を気にする風も無く、ジョーが言った。
「それより、二人とも立ってないで、好きなところに座って。もうすぐコーヒーも入るし」
ピュンマとジェットはお互い肩をすくめ、ピュンマはソファーに腰掛け、ジェットはテーブルの近くにあった、毛皮のクッションが置いてあった椅子を引き寄せた。
クッションの上にジェットはよっこいせ、とばかりに座り―
『キュー!!』
抗議するような甲高い動物の悲鳴に、文字通り飛び上がった。
「な…なんだあ?!」
「ああっ、クビクロ?!」
「クビクロ?」
ジョーが慌ててジェットを突き飛ばす。
突き飛ばされたジェットは、呆然とジョーが抱え上げた毛玉を見、ピュンマはそんなジョーに尋ねた。
「クビクロって…その…毛玉?」
ジョーの抱えた物体を何と言えばいいのか分からず…とりあえず見たままを言う。
確かに、それは『毛玉』だった。
全体的に茶色がかった毛並みに、一部に太い帯状に黒い毛が生えている。
さながら、くるくると丸めた、ファーマフラーだった。
「クビクロ、大丈夫?」
ジョーが毛玉に慈しむように尋ね…
『クー』
毛玉が、かすかに震えながら、答えた。
ぽかん、としながらジョーと、『クビクロ』と呼ばれた毛玉を交互に見上げるジェット。
ジョーは、自分が突き飛ばしたままへたりこんで呆然としているジェットにずい、と毛玉を差し出して、言った。
「クビクロに謝って!」
「あー…なんというか…その、悪かったな。座っちまって…」
それ以外にジェットに何と言えたのだろうか。
ジョーが抱きしめる毛皮の塊を見ながら、ピュンマが思い出したように聞いた。
「もしかして…それ、トリブル?」
トリブルとは、可愛らしく鳴く声と、極上の柔らかい毛皮で、ペットとして人気の生物である。
体長は大抵十センチくらいから、最大で三、四十センチほどにまでなる。
百年程前、とある惑星の貿易商が、地球に紹介し、爆発的な人気が出たのだが。
「…でもトリブルって、確かものすごい繁殖力じゃなかったっけ…?」
本来、エサが極端に少ない、厳しい環境の星で進化したため、少しでもエサを取ると、その場で繁殖をはじめてしまうのだ。
エサさえ与えなければ、簡単な世話と、可愛らしい外見をもつ、大人しい性質で、めったに大きな声を立てない、というまさに理想のペットなのだが、麦粒一粒が、トリブル一匹、とまで言われる、脅威の繁殖力。
それゆえ、トリブルに絶対にエサは与えてはならないとされている。
この場所で、食事を取って大丈夫なのか、といいたげなピュンマの視線に、動じることなく、ジョーが、トリブルを抱えたまま器用にコーヒーを注ぎながら言った。
「不妊化処置施してあるから、平気。医療部のお墨付きだよ。もし間違ってエサ食べちゃっても、子供生まない代わりに体が大きくなるだけ。
それより、コーヒー入ったよ」
ジェットが、改めて椅子に座り直し(彼は座る前に、もう一度生きたブーブークッションが無いかを確かめていた)、ピュンマがコーヒーに口をつけたところで、ドアチャイムが控えめに鳴った。

「お邪魔…だったかしら?」

ドアを開けた向こうに居たのは、なんとフランソワーズだった。




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トリブルについてはここに行ってみましょう! トリブルにインタビューしているのです〜。STAR TREK の公式サイトなのですが、エイプリルフールということでこんな素敵なページが開設されてました!
当然英語のサイトですが、そもそもトリブル英語喋らないので問題ナッシング!
でもちょっぴり ST009 はマイ設定が加わっているので、クビクロトリブルは予告編を参照してください。 (現在未公開中) またはひめさんから戴いたイラスト
ひめさんからのイラスト、実はクビクロなんですねー。ちゃんと太い線あるし。 うーん。ようやく何でもともと「デート」と書かれていたか分かった感じ。(こんなことろで…)

予告編にもジョーの部屋有りますが、本当はもっと書き込みたかったのです。 (コマ自体がちっちゃいので描きこみすぎると主旨が分からなくなるため、ある程度省略しました) 矢印を書いた所為で消しちゃったけど、あそこら辺にすだれがあったり。
下描きの時点では壷の一つにエセ菩薩が描いてあったり。

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