#2-2 Dicrepancy Disposition 完璧な不協和音 2
「ダブルシフトで疲れているだろうと思って。
疲れには甘いものが良いのよ」
部屋に入ったフランソワーズが、そういいながら持っていたバスケットからクッキーを取り出す。甘く、優しい香りが部屋に広がった。
「わー、美味しそう。もしかして、アルヌール中尉が作ったんですか?」
ジョーが目をきらきらさせながら言う。
クビクロを、膝の上からそっと降ろしてやると、クビクロはもこもこと壷の方に移動していった。
「フランソワーズでいいわよ。敬語も要らないわ。ええ、そうよ、手作り」
微笑みながら、フランソワーズがクッキーをテーブルに広げる。
ジョーたち三人のゾンビのようだった顔に一気に生気が戻った。
「すっごく美味しい」
「マジ美味いぜ。フランソワーズは菓子作りの天才だな!」
ピュンマとジェットも、次々と手を出す。
あっという間に、クッキーは売り切れた。
ほやん、と夢見ごこちの三人に、フランソワーズがそっと問い掛けた。
「あのね…話があるんだけど」
「なにー?」
ほやーっとしながら答えるジョー。
疲れと、適度におなかが膨れたので、眠気が出てきたようだ。
「…あなた達が喧嘩した、ボーレス准尉のことなんだけど…」
その名前が出た瞬間。
たるんでいた三人が、ばっと反応した。
三人の視線が一気にフランソワーズに集まったが、フランソワーズも慣れたもの。
動揺の片鱗も見せずに、言葉を続けた。
「その…彼が、ボーグを嫌うのは理由があったのよ」
先ほどの幸せそうな表情は何処へやら、うって変わってむっつりした表情で唸るジェット。
「どんな理由だよ。例えその理由がなんであっても、副長をけなす理由にはならねーだろ」
「そういわずに聞いて。
あのね、ボーレス准尉は、ウルフ359の戦いのときに、その場にいたんだけど、そのとき、彼の乗っていた船がボーグに攻撃されて…彼の兄弟も、友人も、全員ボーグに殺されてしまって、彼自身も重傷を負って、生死の境をさまよったんですって。
彼にとっては、例え副長が殺した張本人じゃないとはいっても、ボーグが、自分の親しい人を全て葬り去った殺人者が目の前に歩いているのと同じことだったのよ。彼と話しをしたけれど、本人も、それは判っているみたい。
ただ…宇宙船内で―いわゆる一種の緊張状態の中で、その、トラウマが表面化したようなの」
「判ってるて…本当に判ってるかどうかは誰にも判んないんじゃないのか」
ピュンマが、辛辣な表情と声で指摘する。
フランソワーズは、そんなピュンマの態度にも、微笑を崩さずにいった。
「『判る』のよ、私には。私は、ベタゾイドだもの」
ジョーが、目を見張った。
ベタゾイドとは、ベータゼット星の人の呼称である
(因みに、地球人は、公式では『テラン』である)。
強力なテレパシー(精神感応力)と、エムパシー(感情移入能力)を持ち、美しい瞳が特徴である。
ただし、テレパシー能力は、お互いにテレパス、あるいはエムパスでない限り、完全には発揮されない。
ついでながら、フェレンギ人に対しては、この能力は何故か一切使えないそうだ…どうやら、フェレンギの脳組織が、特殊なことと関係があるらしい。
それはともかく、そういう特徴を備えているとは言っても、外見上、ベタゾイドとテランにあまり大きな違いはないため、三人とも今の今まで、フランソワーズは地球人かと思っていたのだ。
「ベタゾイドなら…あの時、僕たちの考えていることくらい、僕達が言わなくても判っていたんじゃないの?」
ジョーが、一寸ふてくされたように言う。
フランソワーズは、頭を振った。
「いいえ。私に判ったのは、あなた達が何かに対して、腹を立てていた…と言うことだけ。
普段は、『能力』を使わないようにしているもの。それに、私が無理矢理相手の心から引き出すより、相手が自分から心を開いてくれた方が、その人にとってはずっと良いことだから」
「そっか…変なこといっちゃって、ごめん」
ジョーが素直に謝る。
それに対して、フランソワーズは柔らかく微笑んだ。
「いいのよ。気にしないで。…確かに、ボーレス准尉の言ったことは、許しがたいことだわ。
でも、だからといって、いきなり殴っても良い…なんてことには、ならないでしょう?」
「ああ…確かにな…」
ジェットが呟く。
「駄目だな。オレは、何時もこうだ。
一寸でも気にいらねえことがあると、ついかっとなっちまう。どうにかしたいと思ってるのに…どうにもなんねえ」
そういって、わしわしと髪をかき回すジェット。
フランソワーズは片眉を丸く吊り上げた。
どうやら、ジェットは『自分』を判っている。
判ってはいるものの、自分の激情を抑える術を知らない…だが、自分の感情ときちんと向き合い、コントロールする術を知れば。
ジェットは既に素晴らしい能力をもっているのだから、それを、さらに飛躍的に伸ばすことが出来るかもしれない。
「ぼくも…皆に、冷静だって言われることが多いけど、本当は冷静なんかじゃない。
あえて、冷静であろうとしてるだけなんだ。そうでもしないと、たまにこういうふうに急に沸点が高くなっちゃって…」
そういって、肩をすくめるピュンマ。
ピュンマの冷静さは、元からではなく、自分で努力して作り上げたもののようだ。
フランソワーズは、それに気付いて、そっと微笑んだ。
彼も、自分を判っている…あと、もう少しの努力があれば、さらに大きく成長できる。
彼にも、感情のコントロール術が必要のようね。
…ジョーはどうなのかしら。
「でも…やっぱり、誰かのことを悪く言うのはいけないことだよ。
神父様に、他人の悪口を言ってはいけませんって教えられたもの。悪いことをしたり、言ったりすると、天罰が下るんだって」
何と言うことかしら!
フランソワーズは、ジョーのその科白に、思わず自分の感情抑制術が粉々になるかとさえ思った。
そっと、心の壁を下ろし…ベタゾイド特有の表現で、エムパシー能力を使うことを意味する…ジョーの精神(こころ)に接触してみて、仰天した。
ジョーは、自分を判っている。感情の抑制方法も、完璧といっても良いだろう。
だが、ジョーは、『彼が殴られたのは、彼自身が悪かったからだ』と、そう考えているのだ。
彼は、正義の味方のつもりなのかしら?
否、そうではない。
彼は、確かに強い正義感をもっているが、別に自分を正義の代弁者とは思っていない。
ただ、ジョーはこう考えているだけだった…
『彼を、許せなかったんだ』
そうか。
本当に『幼い』のは、ジョーなんだわ。
フランソワーズは、そう思いあたって、合点した。
ここに来る前に、調べたジョーの資料には、ジョーはアカデミーに入るまで、ずっと地球のジャパン…現地の言葉で、ニッポンと呼ばれる国の自分の住んでいる土地から、ほとんど出た事が無い、とあった。
誰とも仲良くやっている…と書かれてはいたが、その中で特に仲の良い友人は?と調べると、全くといっていいほど名前が出てこない。
幼いころに両親を亡くし、それからずっと教会で、神父に育てられていたそうだ。
神父にしても、町の人々に対して、博愛と慈愛の精神でもって接していたようだが、どうも特定の仲の良い友人はつくらなかったようである。
ジョーの心は、殆どが、神父から教わった言葉が元になって構築されている。
非常に明るく、正しい、真っ白な精神(こころ)。
だが、幼い心は、他人のことを自分に置き換えて考えることが出来ない。
自分が出来ること、考えることは、他人も出来、またそう考えると思っている。
全くの、無自覚、無意識の、自己中心的考え。
何と言うことかしら!
フランソワーズはもう一度そう思い、思わずため息が出そうになって、必死に押し殺した。
おっとりとした、優しげな、一番問題無さそうなジョーが、一番の問題児だったなんて!
いいえ、ここでひるんじゃ駄目よ、フランソワーズ。
あなたの専門は、こういう人の、自己成長を手助けすることでしょう。
フランソワーズは、首を一つ振って、そう自分に言い聞かせた。
ジョーだって、何時までも幼いままではいないだろう。
艦隊士官としての、責任と、義務。
この二つと、それから、ジョーの真っ直ぐな、素直な心があれば、きっと大丈夫。
今は全く未知数だけれども、いつか必ず、彼は大きく成長を遂げるだろう。
それを信じられるだけの、可能性を彼の心はもっている。
「とにかく、あなたたち三人とも、一度ボーレス准尉と話した方がいいわ。もし、あなたたちだけでは無理だ、というなら私も同席するから。
…一度、とことんお話してみなさいな」
殴りあうだけじゃ判らないことが見えてくるかもしれないわ、そういって、フランソワーズは茶目っ気たっぷりに、ウインクをした。
それに三人は、お互いに顔を見合わせ…
同時に、照れくさげに頷いた。
その翌々日。
ジョー、ジェット、ピュンマの三人は、フランソワーズと共に、ボーレス准尉の部屋の前にいた。
ジョーが、ドアのブザーを鳴らす。
「はいはーい、どちらさーん…?」
中から応えがあり、ドアが開いた。出てきたのは、准尉のルームメイトだった。
彼らの姿を認めたとたん、慌てたようにパッと背すじを伸ばす。
「シマムラ少尉にリンク少尉、それに大尉も?アルヌール中尉まで…上級士官がそろって何の御用でしょうか?」
フランソワーズが、彼に聞く。
「ボーレス准尉に話があるんだけど…いるかしら?」
「はい、おります。お呼びしましょうか?」
「お願い」
彼が部屋の奥に引っ込み…しばらくして、ボーレスが出てきた。
ボーレスが折ったという鼻骨と歯は、綺麗すっきりと治療されていたが、鼻の部分の腫れや、痣はまだかすかに残っていた。
「あの…何の御用ですか…?」
訝しげにボーレスが、四人を見る。
ジョーがおずおずと話しかけた。
「その…話があって。ここじゃなんだし、どこか他の…ゆっくり話が出来るところ行かない?」
「構いませんが…」
ボーレスは、相変わらず注意深く視線を注ぎながら、部屋から出た。
五人は、フランソワーズのカウンセリングルームにいった。
ここなら、フランソワーズが許可しない限り誰も入ってこないし、話を聞かれる心配も無い。
フランソワーズは、部屋に入ると、四人の為に、ハーブティーを入れた。
少しでも、リラックスできるように、との気配りである。
「あのね…この間の喧嘩のことなんだけど…」
部屋に入って、しばらくお互い所在無げにもじもじしていたが、ジョーが漸く決心した、というように口火を切った。
「ああ、そのことですか」
ボーレスが、あっさりと応対した。
あまりに彼が爽やかに応対したので、ジョーは目をしばたいた。
ジェットとピュンマも、虚を突かれたようにボーレスを注視する。
ボーレスは、照れくさげに告白した。
「実は…昨日、ハインリヒ副長と話をしたんですよ…というか、まあ、自分から行ったんですけど…自分のした事と、言ってしまった事を副長に全部話したら、副長、何て言ったと思います?
『俺は君の言った事をその場で直接聞いてないから、そんなことは知らない。喧嘩した反省だというなら、反省レポートも見たし、罰則も執行された。とっくに決着の付いたことを、何時までも気にしているのは、無意味だ』
…って。そういうんですよ。
可笑しいですよね、本人の気持ちは未だに整理ついて無いというのに…」
一気にハーブティーを飲み干し、ジェットが言った。
「それでいいのかよ…」
荒々しくジェットは。カップをソーサーに戻す。
ジェットの台詞には、『誰が』という言葉が入っていなかった。
『それでいいのか』という問いかけは、ボーレスに向けたものなのか、それともここには居ない、ハインリヒに向けたものなのか。
ボーレスに向けたものであるなら、そう言ったハインリヒの科白を、唯々諾々と受けたボーレスに対する苛立ち。
ハインリヒに向けたものなら、そう言った自己犠牲とも、皮肉とも取れる科白を、部下に向かってはいたハインリヒに対する苛立ち。
フランソワーズですら判断つきかねたが、むしろ、両方に対してなのかもしれない。
ボーレスは、自分に向けたものと取ったようだ。
「自分のしてしまったことは、自分でよくわかっています。副長は、自分の話を少ししてくれたんです。
…『ボーグ』を、許すことは出来ないです。
でも『副長』は、尊敬します。
僕は、ボーグに友人や兄弟を殺されて、自分もボーグの所為で大怪我して、ずっと自分がこの世で一番不幸だと思っていたんですけど…皆、それぞれ不幸なことがあって、誰が一番不幸かなんて比べられないんですよね。
副長と話していて、自分のそんな考えがあまりに情けなくなりました」
ボーレスは、さっぱりした顔をしていた。
ハインリヒと話したことで、自分の過去の傷と向き合うことが出来て、自分の整理つきかねていた感情を客観的に見れるようになったらしい。
まだ、心の傷が全部癒えたわけではないけれど、良い兆候だ。
ふとフランソワーズがジョーを見て…ビックリした。
「…ジ、ジョー…?」
ジョーは、うるうると涙目になっていた。
ピュンマとジェットも、ギョッとする。
「ジョー?」
「どうしたんだよ、オイ?」
「だって…だって…
ボーレス准尉、かっこいいんだもん。
副長も…」
どうやら、感激の涙だったようである。
目をきらきらさせながらジョーが続ける。
「あのね、この間、ジェットに副長が、『噂するなら本人に聞こえないところで』って言ってたんだ。
つまり、それって、今まで散々目の前でたくさん嫌な噂されてきたってことでしょう?それなのに、そういえる副長ってすっごくかっこいいなって」
「そうでしょう!副長、かっこいいですよね。
今まで副長のことボーグだとかって、勝手に嫌ってた自分が本当に恥ずかしい。
大切なのは、今です!
過去になんだったか、何してたかなんて関係無い、今、どうなのかが重要なんですよ。自分は、副長と話して、それに目覚めました」
ボーレスも、ジョーに同意する。
二人は、そのまま副長(ハインリヒ)談義を始めてしまった。
「…オレ達、何しにきたんだっけ…?」
ジェットが唖然としたようにピュンマに聞く。
ピュンマも、肩をすくめながらジェットに言った。
「もう、後腐れも消えたみたいだし…今更喧嘩のことを蒸し返すよりは、まあ、いいんじゃないのか」
「…だな」
ジェットが息を吐く。
フランソワーズが、そっと呟いた。
「…仲良きことは、美しきかな」
ジェットとピュンマはそれを聞いて、お互いに目配せしあい…
耐え切れずに、はじけるように笑った。
ボーレスと、ジョーの副長談義は、しばらくとどまりそうに無い。
フランソワーズは、ハーブティーをもう一杯入れようと、そっと席を立った。
ベタゾイド人。
強力なテレパシー(精神感応力)と、エムパシー(感情移入能力)を持ち、
美しい黒い瞳が特徴である。
…が本当なのですが、「黒い瞳」については無視する方向で(コラ)
本場スタトレでベタゾイド人のクルー(乗組員)が中心となった小説があります。
ハヤカワ文庫、「(新宇宙大作戦) STAR TREK THE NEXT GENERATION ”テレパスの絆”」
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外国のドラマ、小説の良いところは何処の話から見始めても良いところ。
テレビのTNG版を見始めたのは実は100話以降からなのですが、十分楽しめるのです。
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