#3-1 My hearts'n the homeland 我が心、故郷にあり



『…じゃあ、身体に気をつけて。ああ、追伸だけれど、ジョーが毎年楽しみにしていた庭のバラが、今年も咲いたよ』
ジョーは自室で、自分宛てに届いていたメールを読んでいた。
とはいえ、ジョーにメールを出す人は、一人しか居ない…ジョーの育て親の神父だ。
ジョーは、幼いころから地球の、ニッポンという国にある小さな教会で、神父に育てられた。
母親は、ジョーを生んですぐ亡くなってしまっていたが、亡くなる間際に、ジョーの母親は、自分の親友でもあった神父に、ジョーの世話を頼んだのだそうだ。
ジョーは幼いころから、その話を聞かされていた。
そして、必ず神父は、その話の最後に、こう付け加えていた。
『ジョー、君のお母さんは、君が産まれる事をとてもとても楽しみにしていた。君が生まれたら、たくさん可愛がって、幸せにしてやるんだ、といつも私に言っていた。
君のお母さんは残念ながら今、ここには居ないが、君をいつでも見守っているんだよ』
ジョーはいつでも、それを聞くと自分がまるで見えない母親に守られているような気がして、心がじんと温かくなるのだった。
ジョーには、父親もいないのだが、ジョーはそれに関してあまり気に留めたことがなかった。
一度だけ、なにかのきっかけで聞いたことがあったが、神父とジョーの父親とは、直接出会った事がなく、よくわからないらしかった。
だが、夫の事を、ジョーの母はとても愛していたようだ、とだけは言っていた。
ジョーの中で、『本当』の父親の事は、それっきりだった。
なぜなら、ジョーの『父親』は、神父だったから。
温かく、時に厳しく。
ジョーの事を見守っていてくれる神父の事が、ジョーはとても大好きだった。

ジョーは、メールを読み終わり、今度は、神父にどんな返事を書こうか考えながら、もう一度読み返す。
「コンピューター。メーラーシステム、起動。宛先、神父様」
コンピューターが短い電子音を上げて、返信用画面を立ち上げる。
「こんにちわ、神父様。僕はもうすっかり仕事になれました。…」
コンピューターのビューアーに向かって、音声と画像を同時に入力するのは、最初画面に向かって独り言を言っているようで慣れなかったのだが、
最近は少なくとも一週間に一回は向かっていないと、落ち着かなくなっている。
アカデミーに入るまで、いつもその日あった事を、夕飯の席で神父に報告するのがジョーの日課だったからだ。
同様に、神父の顔をしばらく見ないと、何となく安心できない。
結局、ジョーと神父のメールのやり取りは、アカデミーの時からずっと二、三日に一回くらいの頻度で交わされていた。
「…それでは、神父様もお仕事頑張ってください。
ああ、そうだ。僕の任務は、DS9基地に行った後、第268宇宙基地に医薬品を届けて、ひとまず今回は終わりです。またすぐ次の任務が入るでしょうけど、バラが咲き終わるまでには、戻れそうです。映像は送らないでくださいね。自分の目で、みたいから。楽しみです…では」
そういって、ジョーは手紙を締めくくった。コンピューターに、メールを送るように命令する。
画面に、『送信終了』の文字が出たとき、ルームブザーが鳴った。
「はい、どうぞ」
ジョーの返事にドアが開く。
そこに立っていたのは、ジェットだった。
「よう。
 今、暇か?」
「うん…まあ、暇かな。何?」
本当は、一寸早いが、もうそろそろ寝ようかと思っていたのだけれど。
ジョーの返事に、ジェットがにまっと笑った。
「ホロデッキ、行かねえ?」

『ホロデッキ』とは、艦隊の船に標準で設備されている、質量再生型ホロ映像プログラムシステムルームのことであり、ドルフィン号には、大小合わせて五つ搭載されている。
ある特殊な技術により、本物そっくりの、三次元映像を実際に体験できるのだ。
ホロデッキ内のモノは『映像』というよりも、実際そこに存在する『物体』といったほうが近い。
ホロデッキ内の物体は、ホロデッキ内でのみ『本物』なのだ。
例えば、水に触れば濡れるし、火に近づけば、熱い。
ホロデッキ内でピストルに撃たれると(普通は安全プロトコルがかかっているので、そんな事にはならないが)本当に怪我をするし、最悪死ぬ事すらあるのだ。
通常は、新しい実験のシュミレーションや、過酷な訓練の模擬体験などに使われているが、それ以外の時間は(むしろこっちの方がずっと多い)乗員たちの息抜き用のレクリエーションルームになっている。
何しろ、狭い船にずっと押し込められているようなものなのだから、乗員たちのストレスは推して知るべし。
だから、こういう遊戯施設が重要なのだ。
プログラムは、デフォルトで用意されているものもあるが、大抵、皆自分で自分の好みのプログラムを組んでいる事が多く、ジェットが誘ったのは、彼が自分で組んだプログラムに、だった。
ジョーとジェットは、第四ホロデッキ…中くらいの広さのやつだ…のドアの前にいた。
「一体どんなプログラムなの?」
ここに来る道すがら、ジョーは散々ジェットにこの質問を投げてきたが、明確な返事はもらえなかった。
結局、ジョーは何も判らないまま、ここまで引っ張ってこられたのだった。
「まあ、みりゃ分かるって。コンピューター、ジェットプログラム1」
「稼動中です」
ジェットのコマンドに、コンピューターから応えが返る。
ドアが、重い音を立てて開いた。




開かれたドアの向こうには、驚くべき世界が広がっていた。

「わ…もしかして…カジノ?」
ジョーは圧倒されながら、ホロデッキ内部を見回す。
ホロデッキに、完璧なカジノクラブが再現されていた。
ざわざわとして、煩雑な印象だが、決して猥雑な雰囲気ではない。
クラシカルな衣装に身を包んだ客とディーラー(もちろん、ホロ投影だ)が、お互いに運と腕を競いあっている。
その間に、見知った顔が何人か…ジェットのプログラム完成を聞いて、遊びに来たのだろうか、きらびやかな衣装の間に、艦隊の制服がちらほらと見えた。
「二十世紀初頭の、地球のアメリカの高級ホテルのカジノクラブを再現したんだ」
ジェットが得意げに言う。
「すごい…面白そうだね。
僕、こういうとこ来るの初めてなんだ」
「あら、そうなの?」
ジョーの科白に、思いがけない声が後ろから答えた。
首をめぐらすと、そこに居たのは。
「…もしかして…アルヌール中尉に、ピュンマ?」
ジョーは、二人が一瞬わからなかった。
彼ら二人は、ホログラムのカジノの客たちと同じような、フォーマルな衣装に身を包んでいた。
ピュンマは、黒いスーツに、淡いオレンジのアスコットタイ。
フランソワーズは、流れるようなラインのブルーベルベットのロングドレスに、髪をこの上なく優雅にアップにしていた。
思わず、見とれるジョー。
ジェットをちらりと見ると、ジェットも顔を赤くしてぽかんとフランソワーズを見ていた。
「ふふ…プライベートではフランソワーズと呼んでっていったでしょう?衣装部で借りてきたのよ。
どう?」
「スッゲー美人だぜ。いや、いつでもフランソワーズは美人だけど、さらに、ってことさ」
ジェットが夢見心地で目を細めながらフランソワーズを誉める。
フランソワーズが、優美な微笑を見せた。
「あら、ありがとう、ジェット」
「ジェット…君顔真っ赤になってるよ」
横からそっとジョーがつっこむ。ジェットも負けじとジョーに言う。
「お前こそ、鼻の下伸びてるぜ」
「え?」
ジョーが慌てて鼻の下を抑える…良かった、ちゃんと口がある…。
ピュンマが噴出した。
「そうじゃなくて、ぽやーっとした顔してるって意味だよ…本当に鼻の下が伸びてたら大変じゃないか。
ジェット、このプログラム最高だよ。流石散々皆に触れ回っていた事あるね。結構いろんな人来てるよ」
「みんなに宣伝して回ってたの?」
ピュンマの科白にジョーがジェットを見る。
「まあ、な。殆どの奴に言って回ったぜ。やっぱいろんな奴に見て欲しくてさ。
尤も、あの副長(おっさん)には黙っててくれよ。『そんなもんしっかり作ってるくらいなら仕事をしっかりやれ』とか言われそうだしさ」
「まったくだな」
いきなり後方から声がかかる。
ばっと振り向いたそこに立っていたのは。
「…ふ…副長…いらしてたので?」
パクパクと金魚のように口を開閉させながら、声をやっと絞り出すジェット。
「だが、悪くない…よく出来てるじゃないか?」
ニヤリ、とジェットに笑いかけたのは、クラシカルなスーツを、見事に着こなしたハインリヒだった。
上品な仕立のブラックスーツに、柔らかな光沢のブルーグレーのシルクタイ。
普段の制服姿とはまた違った雰囲気の彼は、このカジノにしっくり馴染んでいた。
「私が誘ったの…いけなかったかしら?」
悪気の無い口調で、フランソワーズが言う。
「いえ…いけなくないです。楽しんでくだされば、幸いであります」
プルプルと首を振るジェット。
口調が、ぎこちない。
「ああ、楽しんでるさ。幸運を」
「じゃあね」
「ぼく達はカードゲームのあたりにいくから」
フランソワーズ達は、そういってカジノの喧騒の中に戻っていった。
彼らが完全に人の間に消えてから、ジェットがジョーに向き直った。
「副長、絶対オレのこと目の敵にしてるとおもわねえ?オフの時までオレを見張ってるのか?
勘弁してくれよ」
しかめっ面しく嘆くジェットに苦笑しながら、ジョーは軽く肩をすくめた。
「偶然だよ…それより、遊び方教えてよ。僕、こういうところ来たこと無いからよくわからないんだ」
副長は君のこと、結構気に入ってると僕は思うけどなあ。
ジョーの呟きは、カジノの喧騒に阻まれて、ジェットの耳には届かなかった。




「よっしゃ、初心者はやっぱり簡単な奴からだな。スロットマシーンはどうだ?」
ジェットに引き摺られてジョーがやってきたのは、アンティークなスロットマシーンが並ぶ一角だった。
ドラムを指差しながらジェットが説明を始めた。
「ドラムに絵が描いてあるだろ?この絵を、横か斜め一直線にそろえりゃ勝ち。
まあ、一回やって見せるから見てろって」
箱の脇にある、大きなレバーをぐいっと一気に下げる。
ドラムが回転し始めた。
ジェットが気合を入れ…一気に、ボタンを三つ押してストップをかけた。
ゆっくりとドラムが止まる。
一番左は上からサクランボ、リンゴ、数字の4。
真ん中は、Luckyの文字、サクランボ、コイン。
「お…サクランボが斜めに並ぶか?」
ジェットは、固唾を飲んで見守る。
ジョーも、ドキドキしながら最後のドラムが止まるのを待った。
最後のドラムは…バナナ、数字の3、数字の1。
スラングで悪態をつくジェット。
ジョーは思わず近くにハインリヒがいないか見回し…はるか離れたところに銀髪を見つけ、思わずほっとした。
「ざ…残念だったね」
「ちっ…折角いい感じかと思ったのによ。まあ、いいや。お前もやってみろよ」
席を譲られ、ジョーはスロットマシーンの正面に座る。
「いくぜ。好きなところで止めろよ」
ジェットが、掛け声と共にレバーを思い切りよく下げる。
ジョーは少し考えて…ゆっくり、ボタンを左から順番に押した。
ドラムが止まり始める。
一番左は上から数字の5、サクランボ、コイン。
真ん中はコイン、数字の5、数字の7。
そして一番左は数字の1、数字の5、バナナ、だった。
「あー…残念。もう一寸だったのにな…
ジェット、もう一回いい?」
まるっきりそろわなければ、あっさり諦めもつこうというものだが、ぎりぎりで揃いかけるとどうしてももう一回挑戦したくなる、というのが人の心。
ジョーの悔しそうな顔に、ジェットもにやりと笑う。
「いいぜ。…よっと」
ジェットが再びレバーを降ろす。
ジョーがスロットマシーンのボタンを今度は一気に押す。
ドラムが止まり…
「…あ、揃った」
「まじかよ?!」
ジョーの気の抜けたような声に、ジェットがドラムのイラストを凝視する。
確かに、バナナのイラストが横一列に綺麗に揃っていた。ざらざらとコインが下から出てくる。
口笛を軽く吹くジェット。
「すげぇじゃん。」
「結構簡単だけど、面白いね。もう一回やろっと」
今度は自分でレバーを降ろすジョー。
次々と揃うイラスト。
「…ビギナースラックって奴か…?」
思わず唖然とするジェット。

結局、ジョーはスロットマシーンを全て空にするくらいの勝率を収めた。




「ジェット、おはよー」
「よう」
ターボリフトの前で、ジョーはジェットに追いついた。
昨日、スロットマシーンでジェットと遊んで…気付いたら自分の部屋のベットに、制服のまま転がっていた。
リフトに乗り込みながら、ジョーは、今日朝起きてからずっと抱えていた疑問をジェットに尋ねた。
「あのさ…昨日のことなんだけど…」
「ああ…昨日はびっくりしたぜ。お前いきなりスロットマシーンの前で寝るんだもんな」
思い出し笑いをこらえる為か、ジェットの頬が微妙に歪んでいる。
少々憮然としながら、ジョーが聞く。
「じゃあ、ジェットが僕を部屋に運んでくれたの?」
「おう。いや、礼はいらねえぜ。
部屋に運んだだけだからな」
そうだろうとも。
なんせ、靴すら脱いでなかったし、毛布は僕の体の下だったよ。
ジョーは、ジェットに礼ではなく、恨みを言いたい気で満載だった。
が、もちろんそんな事を彼に言える訳が無く、口から出たのは他の言葉だった。
「だって…あんなに遅くまで起きてたのは殆ど初めてだったんだからしょうがないよ」
ジョーの台詞に目をまん丸に開くジェット。
「遅いって…確か十一時くらいだったぞ。夜はこれからだろ?お前いつも何時くらいに寝てるんだよ」
「…十時くらいかな?もう少し早い時もあるけど」
ジェットの開いた口が、言葉どおりふさがらない。
ターボリフトがブリッジに到着し、ドアが開く直前にジェットがポツリと、ジョーを横目で見ながら言った。
「…小学生(ガキ)かお前…」
「だっ…」
誰が小学生だよ、と言いたい気は山々だったが、ブリッジの中央から艦長と副長の視線を感じたため、ジョーは口を閉じた。
…わざとタイミングを図ってるんだろうか…
一度ジェットに問いただしてみよう。
ジョーは、心に固く誓った。

任務はこの上なく順調だった。
他の艦隊の船とすれ違ったので挨拶を交わし、遊惑星の軌道にかすってジェットの華麗なテクニック(本人談)ですり抜け、一度、グレートが軽い小噺を披露してブリッジを沸かせた。
コースと前方の障害物にさえ注意していれば、ワープ航海中というのは案外暇なのだ。
このまま行けば、後三日程で、目的のDS9基地に到着する。

が、一本の通信が入ったことにより、事態は急変した。

「艦隊本部より通信が入っています」
ジョーが報告する。
ブリテンが、片眉を吊り上げ、ハインリヒもわずかに怪訝な顔をした。
ブリテンが訝しげに言う。
「通信?はて、一体何の用事だというのか…スクリーンに出してくれるかね」
スクリーンに映ったのは、ギルモア提督だった。
『おお、ドルフィン号の諸君。いきなり通信して悪かったのう』
「一体全体どうしたというんです?」
ブリテンが問い掛ける。
スクリーンの中の提督は、脇に置いてあったパットを取り上げ、それを読み上げる。
『うむ、いきなりで悪いのじゃが、一つ任務を頼まれてくれんかの。
君たちの居るその地点から2セクターほど行った所に、第125宇宙基地があるんじゃがね。そこからの要請なのだが、つい先ほど、奇妙な現象を観測したそうなんじゃ。それでその現象を調べる科学士官を借りたいということで、ちょっと君たちに行って貰えんかとおもっての。艦隊の科学調査船の中では、君達が一番近いところに居るのじゃよ』
ドルフィン号は、本来科学調査船である。
今回の航行は、たまたま特別に調べるべき宇宙の現象や、惑星の調査任務も無かったので、DS9基地までの試運転の後、医療物資を届ける、という貨物船の代わり(とはいえ、医療物資の運搬というのはたいては急を要するので、重要なことこの上ない任務でもある)を請け負っただけである。
だから、何か異常現象が見つかれば、そちらの任務が基本的には優先されるのだ。
「我々が…ですか?行くのは構いませんが、医療物資を届けるのはどうするんですか」
右の眉を丸く吊り上げながらハインリヒが聞く。
『それは心配無用じゃ。もう既に代わりの船を配置するよう手配した。詳しいことは、資料を送ったから、それを見とくれ。
では、頼む。以上だ』
通信が切れ、ブリテンがくるりとブリッジに振り返った。
「と、言うことで」
ジェットに向かって軽く手を振る。
「我輩たちは、第125宇宙基地に行くことと相成った。リンク少尉、コースを変更して第125基地に向かってくれ」
「了解、コースセット完了。…科学調査船としちゃこれが本来の任務ってとこですか?」
ジェットの返答にブリテンが微笑む。
「医療物資を届けるのも大切だが、やはりこういう科学調査任務の方が気が引き締まるというのは認めるとも。
腕慣らしは、ドルフィン号と君だけでなく、我らが優秀な科学士官たちも、ということになるな」
言って、ブリテンはジョーに向かって軽くウインクをした。
「科学士官としての君の働きに、期待しているよ」
オペレーター主任であるジョーの通常任務は、通信の送受信、及び解析。
だが、決してそれだけではない。
不明な現象の調査、解明のため、センサー記録を調べたり、センサーの位置や方向を微調整するのも、ジョーの重要な役目であり、調査任務の成功の鍵はオペレーターの腕一つ、とまで言われることもある。
ジョーにとっては、この調査が初めての重要な仕事になる。
腕の見せ所だ。
「了解、艦長!」
ジョーは意気込んで返答した。




「…と、言うわけで、基地の近くを浮遊していた小惑星が一つ、唐突に消えたそうだ」
ブリテンが、通信で受けた資料を披露する。
「消えた?」
ジェットが訝しげに眉を顰める。
「他の小惑星と衝突して粉々に砕け散ったじゃなくて、『消えた』…ですか?」
「跡形も無く、綺麗さっぱり、我輩の髪の毛のように見事に消えていたそうだよ」
ジェットの言葉に頷くブリテン。
ブリッジに思わず笑いが漏れる。
「…艦長の頭は禿げてらしたんですか」
剃髪じゃなくて、と笑いを必死にかみ殺しながらジェットが言う。
「うむ。30過ぎたころからどんどん我輩の頭から髪の毛が脱走を始めよってな。行くなといってもまるで効かなかった」
軽く肩をすくめるブリテン。
「赤毛は禿げやすいそうだ。君もいつか、額がだんだん広くなるかもしれんぞ?」
ブリテンの台詞にギョッとしたように頭を押さえるジェット。
「…それ本当(マジ)ですか?」
そんな二人の応酬に呆れたように口を挟むハインリヒ。
「馬鹿なこと言い合ってないで、続きを」
お互いに肩を竦めあうジェットとブリテン。
「いかんぞ、副長。一寸したユーモアではないか。
それを理解出来ないとは、嘆かわしい」
「馬鹿馬鹿しい」
ブリテンの言葉を一蹴するハインリヒ。
「おお、コワ」
ジェットが呟く。
ハインリヒがジェットを睥睨する。
普段、あまり表情を変えることの少ないジェロニモの口元も、僅かに緩んでいる。
ジョーは、必死に大声で笑ってしまわないよう俯いていた…が、コンソールの上の手の震えまでは、止められなかった。

医療室で、フランソワーズは医療用の器具の手入れをしていた。
「コース変更で、科学調査任務になったそうですわね」
フランソワーズが、隣で同じく器具のメンテナンスをしている、自分の上司のドクターに話し掛ける。
ドクターは無言で、フランソワーズのほうをちらりと見ただけで、表情も変えなかったが、これは別にドクターが冷たい人物だからでは決して無い。
ドクターは、ヴァルカン人だからだ。
ヴァルカン人は、古くから地球と交流のある、論理を最重要視する種族だ。
その行動は、常に論理によって決定され、そこに感情を一切挟まない。
むしろ、幼いころから完璧に感情を抑制する訓練を受けており、表情が変わることすら殆どありえない。
だから、ヴァルカン人を知らない人は、ヴァルカン人とは全く感情をもって居ない、非情な種族なのだと勘違いしがちなのだが、決してそんなことは無い。
実際はとても情け深く、また一度親交を結んだ相手に対しては、これ以上ないくらい誠実だ。
フランソワーズも、ドクターが相手に対してとても親身であることをもちろん承知していた。
だから、ドクターから別に返答がなくても気にしなかった…彼がきちんと話を聞いてくれていることは判っていたし、応答が必要な時にはちゃんと向き合ってくれるから。
「もちろん、調査任務を大切だと思いますけど、医療物資を届ける任務だって大切ですわ。代わりの船は、ちゃんと届けてくれるんでしょうか」
「代わりの船は、我々、ヴァルカンの貨物船だそうだ」
ドクターが、器具を見据えたまま返答する。
声に、感情の温度は見えなかったが、フランソワーズには、彼の温かさが『視』えた。
「必ず医療物資は必要とされているものの元へ届くだろう。…その器具のチェックは?」
「終わりました」
フランソワーズの答えに僅かに頷くドクター。
「よろしい」
他の種族で言うなら、満面の笑顔でもって誉められたようなものだ。
フランソワーズはにっこりと微笑んだ。
「有難うございます」

「センサーアレイの整備、あ、いやその前にセンサーに回すエネルギー補給率の割り当ての見直しを頼む」
そのころ、機関部では上を下にの目の回るような忙しさだった。
科学調査任務では、もちろんセンサーを調節し、分析するオペレーターも重要だが、そのセンサーがいい加減な状態では話にならない。
センサーの基本的な整備、回路の増強、センターに割り当てる艦内エネルギーを、どれだけ回せるか。
機関部では、より良い状態で調査に臨むため、ピュンマの激が飛んでいた。
「主任、確認お願いします」
後ろから呼びかけられ、ピュンマは先ほどから格闘していたコンソールから顔を上げた。
パットを手渡される。エネルギーの割り当てに関する回路設定がパットの中に並んでいた。
「ああ、ボーレスか。…うん、いいんじゃないか。あ、でももう少しここのセンサーリレーを調節してくれるかな」
「了解しました」
ボーレスが下がり、さぁもう一度コンソールと格闘すべしと、ピュンマの頭の中でゴングがなったところで、また呼びかけられた。
「大尉」
はい?!
思わず不機嫌な声が出てしまった。
振り返ったそこに居たのは…目を真ん丸に見開いたジョーだった。
「…ご…ごめん…話し掛けちゃ駄目だった?」
おずおずとジョーが、叱られた子犬のような表情で言う。
慌てて謝るピュンマ。
「そ、そんなこと無いよ。一寸この回路調整が上手くいってなくてイライラしちゃって。
当たってごめん…あ、で、何の用だい?」
「これ、届けるよう頼まれたんだ」
そういって、ジョーはピュンマにパットを何枚か手渡す。
「ああ、サンキュー。ついでに、今一寸時間ある?」
「一寸なら大丈夫だけど…なんで?」
「この回路調整、手伝ってもらえないかと思ってさ」
肩をすくめてピュンマが少し脇に寄り、コンソールに表示された数式をジョーにわかるように問題の部分を指し示す。
ジョーはその数式をじっと見つめて…おもむろに、ものすごい勢いで数式(コード)を打ち込み始めた。
「…っと。これでどうかな?
スコット方程式の応用使ってみたんだけど」
ピュンマが、ジョーの背後から覗き込む。
「すごいよ…ぼくがあんなに悩んでたのに、君があっさり解決しちゃうなんてな。こりゃ将来有望だな…今からでも遅くないよ、機関部勤務に変更しない?」
がっしとジョーの両手を握り締め、ピュンマがジョーを勧誘する。
「そりゃあいいですね。シマムラ少尉、こっち(機関部)に来ませんか?」
側に居たボーレスも話に悪乗りする。
「そ…そろそろ行かないと。それにほら、そういうのはさ、艦長に話すべきで僕の一存じゃあ決められないし」
ジョーは慌ててピュンマの手を振り解き、あとずさりながら言う。
「そこを何とか!」
ピュンマが、じりじりと近づきながら、畳み掛けるように言う。

彼は本気だ。

「じ、じゃあ、頑張ってねっ!」
身の危険を感じたジョーは急いで機関部を後にした。




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この三話から残酷な表現がでます。
苦手な人は引き返しましょう。

それにても、残酷かつグロ。オリキャラも出てくる。 シチュエーション的には最悪ですね、ひめさん☆
でもこの長編は「ギャグで行く」なんだそうです。…どこが。

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2003.4.25  © end-u 愛羅武勇

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